海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 庭の楓の根元に、今年も蕗の薹が顔を出して、春の到来を告げている。
 黄緑色の花が雄株で、白っぽい花が雌株と聞くが、今は未だ、いずれもあえかな若草色で、陽の光に溶けてしまいそうである。
 萼に触れると、意外な固さを持っていて、指にこの季節の青い息吹きが伝わってくる。
 蕾の中には、沢山の菊に似た小花が詰まっていて、早春の固い地面から、いち早く顔を出すには、なよびかな風情などしてられません、と、身を固く締めたまま、地上に出ている。
 青い季節の山野草は、つんとした固さと、きりりとした苦さを持っていて、その殆どは薬草である。
 「薬」という字は、なるほどと思う。
 冬の凍土がほのかに温もり、水気を含んで里て盛り上がってくる早春に、古代から人々は、野山に出て摘草をした。それは晴れやかに、楽しい遊びで、収穫した草は、食用であり、薬にもなったのである。
 この摘草を、今の世で、こよなく愛した友人がいた。風雅な心を持った美しい人で、日舞の名手でもあった。若い頃、その扇の使い方が見事だ、と批評家の感想が新聞に載ったこともある。通学電車の中で、学生鞄につと添える手のしなやかさに、流石舞踊家、と見とれたものだった。
 結婚後、様々な理由で踊りを捨てたが、後年、幼い子供たちに舞いを教えて、自分では舞わなかったものの、終生踊りを愛していた。それでも、自らの舞扇を措いたことは、大きな悔いだったに違いない。心に少なからぬ苦渋を秘めての人生を送ったのが友人としての私の傷みである。
 春になると、柔らかな蕗を、茎も葉も残らず刻んで、薄味の佃煮にして送ってくれた。
 田舎暮らしの私に「郡の唯一の取柄ね」とからかいつつ、春になると待ちかねたように「土筆は出たの?」と電話してくる。
 「土筆はつくづくしというけれど、つくづく遠いわ」とぼやきながら、ごとごと電車に乗って、つくし採りにやって来た。そのレールバスも、遂に去年廃線になってしまった。
 彼女は、見かけによらない細かい手仕事が得意で、土筆のはかまを一つ一つ取って、お浸しにする手間を惜しまなかったし、苺ジャム、マーマレード、ピーマンの菓の佃煮、細かく刻んだ筍の佃煮と、なんでも瓶詰めにして送ってくれた。春を告げる佐保姫のような優美さと、春野の草の苦みを合せ持った人であった。
 「薄命にしては、年をとり過ぎたわ」と、さばさばと笑って闘病していたが、二月の初め、蕗の薹も土筆も顔を出さない寒い日に、独り天国へ逝ってしまった。大学の入学式の日に友人になってから、50年の付き合いだった。
 使い慣れた薄い包丁と、愛用の小さい鋏を持って行っただろうか。忘れたなら、天国の陽の光の中で、手遊びに困るに違いない。
 もう、あの労作の香り高い食べ物に会えない私は、春の苦さを胸の内に、ほろほろと噛みしめるばかりである。
著者経歴

小林玲子(こばやし れいこ)

童話「サケの子ピッチ」で第6回「子とともに自動文学賞」優秀賞受賞
地域で朗読活動を始める
童話「白いブーツの子犬」で大阪国際児童文学館主催第3回「ニッサン童話と絵本のグランプリ」童話部門優秀賞受賞
童話「かくれんぼなんかきらい」(偕成社『新少女の童話』所収)
絵本「イラの友だちの木」(私家版)
童話「カンナと十円玉」(岩崎書店)『おはなし愛の学校』所収)
童話「赤いサンダル」(偕成社『だいすき少女の童話』所収)
童話「ウータンのおなかは七分め」(国土社『ことわざ童話館』所収)
中部経済新聞コラム「閑人帖」の執筆
絵本「消えたクロ」(私家版)
随筆「花筺」地域史『ちたろまん』に連載
童話「サケの子ピッチ」(KTC中央出版)
随筆集「海辺のそよ風」(アトリエ出版企画)
愛・地球博の碧南市民ミュージカルの台本執筆