海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 常滑市千代ヶ丘の相持院の境内には私の俳句の師・富田うしほの句碑が建っている。

港もつ陶の都や春の雲

 「陶の都」は文字通り「陶都」のことで、常滑は日本三大古窯として古くから、焼き物の産地として全国に知られている。港からは毎日のように陶器を乗せた船が出港してゆく。というよりも、そんな活況の中にあった常滑の様子を懐かしく詠んだものだ。
 どの町も栄枯盛衰を繰り返しながら発展してゆく。いま常滑は中部国際空港(セントレア)の開港によって再び活況を取り戻しつつある。土管の町・常滑から陶芸の町・観光の町常滑に大きく変貌しようとしている。使わずのレンガ煙突や登窯が観光の目玉になったのと呼応するように若者の集まる町、中高齢者の癒しの町並として再生されつつある。いま一番面白いのが「焼き物の散歩道」だ。曲がりくねった路地には、廃屋となっていた土管工場、ギャラリーや飲食店に変わり観光客を迎える。古い町工場のたたずまいが、意外に若者たちをひきつけている。
 散歩道のちょうど真中あたりに土管坂という人気スポットがある。焼酎瓶やえんごろ(匣)を積みあげた垣や家の土台が陶都の雰囲気を盛り上げているだけでなく、焼き物の散歩道を飾るインテリアとしての効果すら見事にあげいている。「○○らしい」ということは、訪問者にとってきわめて魅力的なことだ。

 土管坂より蝉声のあふれだす

               宗也

 人間は土に親しんでいるとき一番心がやすらぐという。したがってお百姓をすることもとても安らぐし、陶芸もいい。
 ところで、常滑にはたくさん素晴らしい陶芸家たちがいる。例えば谷川仁さんがそうだ。元常滑陶芸研究所の教官だったというが谷川さんの器には安心とやすらぎがある。
 吉川正道さんも伝統を踏まえながらの現代感覚の冴えがオーラを発している作家だ。白磁・青磁の美しさ、透明感は心を洗ってくれるようだ。彼はセントレアの陶壁画の制作で一段と注目度を増したようだ。平野祐一さんの焼き締め陶もいい。彼の器からは、何ともいえない温かみが伝わってくる。それは平野さん自身の温かみでもあるのだ。少しも飾らない人柄の魅力なのかもしれない。やや赤みを帯びた土色は生命の根源にある色のようにも見える。手に持ったときのしっとり感も格別だ。大壷、酒器、茶器と抱くたびに心やすらぐ。
 新進気鋭の片岡誠さんの作品もいい。壷を得窯とする人だがおじいさんに当る片岡静観さんは現在私が主宰する月刊俳紙「若竹」の同人でもあった。静観さんは陶彫家として知られ、銅像ならぬ陶像を多く遺してみえる。静観さんの語り口には独特なものがあり、ついつい笑いに誘われることが多かった。孫の誠さんはまっすぐに陶芸に取り組んでいるように見える。かといって作品が窮屈ということはなく、むしろ雄々しいところが祖父ゆずりだ。
 山田常山さんの窯を訪ねたこともある。常山さんの急須はさすがにすごい。職人技の粋を極めたものというのだろうか。もっとも日常雑器も楽しく使えてこそ本物というべきなのだろう。常山さんの急須は抜群の切れのよさだ。常滑焼の人間国宝、というのも納得される。その絶妙な造形はいつまで触っていても飽きがこない。常山さんの息子絵夢さんも常滑を背負って立つ陶芸家の一人だろう。江崎一生(故人)の作品もまた魅力的だ。轆轤の技術は群を抜いていたとというが、才能がありすぎることでかえって行き詰まり、早逝に追い込まれたともいう。その弟子、竹内公明さんは忠実に一生を継承しているように見える。
 山田健吉さんも常滑を代表する陶芸家だ。息子の和さんの織部あるいは志野は全国的な人気を博しているようだ。赤・黒・緑・紫のいずれも不思議な明るさと深みがある。かつて加藤唐九郎の茶碗の一つに、作家の立原正秋「紫志野」と命名したことは知られるところだが、その唐九郎が和さんの作品には一目を置いていたとある専門誌から聞いたことがある。
 そして、もう一人私の好きな作家に、雄雄窯の吉田信義さんがいる。日常雑器を大切にしている人で、窯名と同様に男らしい力強さがどの器にも漲っている。話は変わるが、その信義さんの母親・鈴枝さんは、焼き物の俳句に多くの優れたものを生みつづけている。地に足のついた俳人として一つ抜けた力量の持ち主。生活即俳句の魅力を実践してみせてくれている俳人として特筆すべき存在だ。
 美しい焼き物の生まれてくる理由がこれらの俳句から何となく見えてくるのもうれしい。近作から抄出してみた。

 祝ぎ事のよき皿となる清和かな
 壷ひとつこわしては挽く夏はじめ
 陶土塊を積みて卯月の雨となる
 五月雨るる壷挽く夫は膝立てて
 窯路地の闇を囃して梅雨鴉
 生地出せば夏の日匂う窯表
 炎暑かな追われ窯焚く鉢小皿
 雁渡る窯焚きの炎に声落し
 高値つく貝焼皿や紅葉晴
 冬ざるる右肩落しに茶碗挽く
 湯気立てて陶土を滑らせ壷を挽く
 茶碗挽く糸切りの底寒の声
 胡座して膝掛け毛布仕上げ屑

 ところで、鈴枝さんの風鈴の音色は何とも涼しい。そんなとき音色は作者の心と無縁でないことを知らされる。 そして、足を運ぶほどに好きになってくるのが常滑という町だ。

≪加古宗也略歴≫
1945年愛知生まれ。70年・富田うしほ・潮児父子に師事して俳句を学ぶ。90年、若竹主宰を継承。
現在、俳人協会評議員、国際俳句交流協会評議員、村上鬼城顕彰会常任理事・東海俳句作家会顧問・日本文芸家協会会員・日本ペングラフ会員・俳文学会会員