海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
良寛とニーチェ(その2)

 よく知られているように、ニーチェは古い道徳、特にキリスト教を激しく批判しました。良寛は温和で「愛語」の精神の人だから、他者に対して、ニーチェのような激烈な言葉を浴びせかけるようなことはしなかっただろう。たいていの人はそう思います。ところが、あの良寛が極めて痛烈な批判の矢を、当時の宗教界に対して放っていました。まさに憤怒の詩というべき「唱導詞」と「僧伽」という二つの長い漢詩を書いているのです。
 「唱導詞」というのは「禅宗の宗旨を述べ、人々を正しい方向に導くために作った詩」という意味です。ごく簡単に要約します。
 「本来、仏道は一つであるはずなのに、中国の宋の時代の末期からいくつもの宗派に分裂し、その支流の宗派が日本にも入ってきて、日本の仏教界は混乱状態になった。この時、道元禅師が現れ、その択法眼(仏法の良し悪しを見抜く見識)によって、正しい仏法が盛んになった。ところが、道元禅師が亡くなって何百年か経った今、俗悪な僧たちがはびこり、学徳高い僧は埋もれてしまっている。香り高い美しい歌が消え、卑俗な歌がこの世に充満している。ああ悲しいかな、私はこんな時代にめぐり合ってしまった。今まさに崩壊しようとしている仏道という大きな家屋を、私というたった一本の柱で支えることは不可能だ。こんなことを考えると一睡もできず、寝返りを打ちながらこの詩を作った」
 もう一つの長詩「僧伽」(僧侶という意味)は現代語訳で全部紹介します。
 「俗世間から逃れて仏門に入り、托鉢修行をして暮らしていこうと考えて仏道に入ったのなら、次に述べることを深く考え反省してほしい。私が見るところ、今の僧侶は昼も夜もやたらに俗界に出て大げさに騒ぎ回って活勤している。それもただ、うまい物を食べたり、いい衣服を着たいためである。一生、そうやって時間を浪費しているのだ。
 在家の人が道義心がないのは、まあ許せる。しかし、出家の僧のくせに道徳心がないのは、とても許すことはできない。この世の執着を断つために髪を剃り、世俗とのかかわりを捨てるために僧衣を着ているのだ。父母妻子の恩愛を捨てて仏門に入ったのは、決していいかげんな行為ではなかったはずだ。
 ああ、この広い世間を見ると、男も女もみんなきちんと仕事をしている。もし女が布を織ってくれなければ、着る物がなくなる。もし男が田畑を耕してくれなければ、食べる物がなくなる。ところが、今、僧たちは、仏の弟子と称する身なのに、人も救えず、自らも悟ることがない。ただ檀家から受け取るお布施をむだ使いし、仏に仕えることを忘れている。寄り集まっては無駄話をし、自分を高めようと努力しないで一日一日を無駄に過ごしている。外に出ると、いかにも悟りきった高僧のようなふりをして、農家のおばあさんたちをだましている。そんなありさまなのに、自分はすぐれた僧だと威張っている。ああ、いつになったら目が覚めるのだろう。

 たとえ子連れの虎の群れの中に入るような危険なことをしようとも、名誉と利益を求めるということだけは絶対にしてはいけない。名利を求める心が少しでも生じると、それを流し去るためには大海の水を全部用いてもまだ足りないのだ。思い出してほしい、昔あなたが出家した日のことを。それはただ衣食を得るためではなかったはずだ。父母はあなたの頭を撫で、兄弟は遠くまで見送ってくれた。その日を限りに、親子の関係も絶え果て、便りもなくなった。しかし、両親や兄弟は日夜神仏に祈って、あなたの求道心が堅固なものになっていくことを願っているのだ。
 それなのに、今のあなたのような状態では、将来非常に恐ろしいことになるだろう。よい機会は常に失われやすいし、正しい仏法にもなかなか巡り合えないものだ。心を入れかえて正しい道を歩みなさい。あとで後悔してあわてふためかないようにしなさい。私がこうやって口を酸っぱくして説くのは、けっして好き好んでしているのではない。
 今からじっくり考えて、あなたの生き方を改めなさい。若い僧たちよ、しっかり頑張りなさい。正しい修行は苦しいものだ。その苦しさを恐れてはいけません」
 この詩で良寛は、衆生済度という初心を忘れ、ひたすら名利を求めて、いいかげんに生きている僧たちへ激しい怒りをぶちまけるとともに、若い僧たちに励ましの言葉を送っています。ともすれば挫けそうになる自分自身への戒めという部分も色濃く見られます。特に「縦ひ乳虎の隊に入るとも、名利の路を践むなかれ」という語句は、良寛がいつも忘れずに心掛けていた信念を表しており、その力強い表現は読む者に深い感動を与えます。
 ニーチェと良寛の生き方の理想について述べます。
 ニーチェは「私の理想」と題してこう書きました。良寛が書いたのではないかと思われるような内容です。
 「私の理想は、目障りにならぬような独立性、それと分からぬ静かな誇り、つまり、他人の名誉や喜びと競合せず、嘲弄にも耐えることによって得られる、まったく他人に負い目のない誇りである。このような理想が、私の日常の習慣を高貴なものにするだろう。低俗にならず、交際は欠かさず、欲はもたず、静かに努力し、高く飛翔する。自分自身のことは簡素で、つましく、他人にはやさしい。安眠と、軽やかな足取り。酒は飲まず、王侯貴顕の輩とは付き合わず、女と新聞に無関心。名誉を求めず、交際は最高の精神の持ち主に限るが、時おりは下層の民衆とも交際する−−彼らとの交際は、強靭で元気な植物を見るのと同じように、必要なことである。ありきたりの食事で満足し、意地汚く舌鼓を打つような連中の群れに入らないこと」
 なんと素朴で小さな理想でしょう。ニーチェはこうも書いています。
 「贅沢の哲学。−ひとつの小さな庭園。イチジク。小さなチーズ。そして三人か四人の良き友。−これがエピクロスの贅沢であった」
 ギリシャの哲学者・エピクロスは快楽を重視したけれども、快楽に深入りすれば苦痛を招くことになると考え、ストア派の賢者たちと大差ない質素な生活を理想とするようになりました。激しい頭痛のために大学教授の職を辞して漂泊生活を始めたニーチェは、このエピクロスのようにつつましく生きたいと願ったのです。
 生活の理想を詠った良寛の詩を読んでみましょう。
 「欲無ければ一切足り、求むる有れば万事窮す。淡菜飢ゑを療す可く、衲衣聊か躬に纏ふ。独り往きて麋鹿を伴にし、高歌して村童に和す。耳を洗ふ厳下の水、意に可なり嶺上の松」(大意−欲が無ければすべてに満足できるが、何かを求める気持ちがあると万事に足りないことだらけになる。菜っ葉で飢えは満たされているし、僧衣だってまあ身に纏っている。一人で山に入る時は鹿もついてきてくれるし、村の子どもたちと大声で合唱している。岩清水で耳を洗えば、嶺の松風がなんと快く聞こえてくることか)
 良寛もニーチェも、名利を求めることなく、貧しく無欲に生きました。物をいっぱい持って、欲張って生きている私たちは、日々、充実した生活を送っているのでしょうか。二人の賢者の生活態度から学ぶことは多いと思います。

【杉本武之プロフィール】

1939年 碧南市に生まれる。
京都大学文学部卒業。翻訳業を経て、小学校教師になるために愛知教育大学に入学。25年間、西尾市の小中学校に勤務。定年退職後、名古屋大学教育学部の大学院で学ぶ。
(趣味)読書と競馬