海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 草原の遥か向こうに高地が見えた。ポルトガルにきて山をみていなかった。その300m程の高地にモンサラーシュの村があった。
 古都エヴォラから52キロ1時間半のバスの旅だったが今までにない、これからもありえない冬のポルトガルの旅をした。エヴォラで行きつけになった中華店・財源酒楼で店内に流れるテレサテンの「つぐない」を聞きながら昼食を食べた。けいちゃんは店員の女の子達と別れの握手をした。
 13時出発。東京と九州から来たという2人の男が出発前にバスに乗り込んできて、けいちゃんとポーの顔を見てちょっと驚いた風だった。もっと驚くことがおこった。ポルトガル3回目の旅を続けていて信じられない光景だ。途中レゲンゴス・デ・モンサラーシュという町で乗り換えた時だった。京都からの青年と埼玉からのOL2人がバスに乗って来た。12人の乗客のうち日本人が7人。皆で笑ってしまった。こんな奇遇ってない驚きに。小さなバスの中は日本語でいっぱいだった。九州の「高齢者」は定年後の「住処」を求めて一人で歩き回っていた。今年2月17日のことだった。
 モンサラーシュは今では下界の町から取り残されているような人口100人もいない村だった。スペインとの国境近くの人影も見ない「音」もない村だった。
 こんなに「静か」を通り越した空間は初めてだ。

 宿は決めていなかった。けいちゃんの宿探しが始まった。バス停から右の門をくぐって村に入った。前に本で読んだ宿にけいちゃんは泊まりたかった。ここだと思ったホテル(と言っても日本で言う民宿)に入った。叫べど誰も出てこないので後にして案内所を探し地図をもらい、さっきの宿ではないみたいと、次のホテルを捜す。女主人に部屋を見せてもらう。『違う』とけいちゃん。ここに着いてから1時間が過ぎていたが、けいちゃんは平然だ。あの写真には入り口の右にブーゲンビリアの花が咲いていたという。村の中心道路は端から端まで200mぐらい。白い壁にけいちゃん『あった!』と微笑む。今は枝だけが伸びているそれを見つけた。
 『ラッキー!』けいちゃんの笑顔が弾けた。ぶ厚い木の扉に付いていた鉄をコンコンと打ち鳴らすと中から声がかえって来た。小窓が開いてにこやかな顔があった。部屋が見たいとけいちゃん。こう言うとけいちゃんがポルトガル語をしゃべれると思いでしょうが、しゃべれない。目と手の動きのみ。通じた。案内されて2階へ。広くて窓の外は大草原が広がっていた。本で見た部屋であった。『ここよ、いい部屋だね』と。
 でも、部屋代が高すぎたのだ。70ユーロ(9100円)。やめた。『ごめん』とけいちゃん。宿の青年はこの時期の客を逃したくなかった。次の部屋を案内してくれた。庭にある離れの部屋だった。40ユーロ(5200円)決めた。もっと安くてもいい。でも決めないと今夜の宿がなくなる時間でもあった。「ま、いいか」で決めたのだった。それが旅をする目安だった。
 15坪ほどの中庭にはレモンの木があり、大きなレモンが実っていた。30代の青年が宿の主人。笑みが絶えなかった。

 [モンサラーシュはアルトアレンテージョ地方とスペインとの国境近くの標高332メートルの高台に位置し、1167年エンリケスがムーア人より奪還。城跡は13世紀にディニス王によって再建。かつて軍事的に重要な拠点であった]とガイド本に書いてある。でも平石を縦にぎっしり敷きつめた石畳を30分も歩き回ると村を一周できたが、軍事拠点の荒々しさは何処にもなかった。700年以上も前の話。当たり前だ。でも、歴史の息遣いは聞こえた。『静かねえ』けいちゃんは自分が放つシャッター音のみの世界に酔っていた。幅5mほどのメインストリートの両側に連なる家の外壁は、真っ白。メインストリートと言っても商店街はない。村の人々は村を下って町に出て日常品を調達するか行商を待つかかも。一時間歩き回って撮影を続けていたが村人に道で会ったのは日向で編み物をするおばあちゃん一人だけ。『みんな家のなかで何をしているのだろう』とけいちゃんは頭をかしげた。
 村はずれの城跡は石の客席に囲まれた闘牛場跡だった。跡といっても、いまでも闘牛がやれそうだ。
 ここからは村全体が一望できた。白い壁とオレンジの屋根が連なり、もう一方の村の端まで黒っぽいメインストリートが細く伸びていた。勿論、眼下に広々と草原が広がり一握りずつ村や町が遠望できた。
 夕方が迫ってきたのでバス停まで行ってみた。東京・九州・京都の男たち3人は最終バスで帰った。埼玉のOL2人組は泊まると言っていたからいなかった。2人は何処に泊まったか知らない。バスを降降りてから一度も会っていない。こんなに狭い村にいるのに不思議だった。3人の男たちと記念写真をポーが撮った。後日送ることにして住所を聞いた。『さよなら』けいちゃんが走り去るバスに向かって手を振った。男たちも窓から顔を出して手を振る。一本道の坂道をバスが広い草原に吸い込まれて行った。城跡まで引き返し夕焼けをけいちゃんは待つ。真っ赤な落日は見れなかったが広い空に広がる雲が黄金色に染まっていくのを堪能できた。『ま、ラッキーだよねポー』とけいちゃんが言う。そう、ポジ的思考に賛成だ。
 冬場は2軒しかオープンしていないレストランで夕食だ。狭い入り口のドアを開けると4段程の階段があり小さなカウンターでおじさん3人がテレビでサッカーを。ワインを飲みながら画面から視線を移してきたのでけいちゃんは微笑む。狭い部屋の隣に赤と白のチェック模様のテーブルクロスが掛かったテーブルが10カ所。こんなに広い空間があることに少し驚いた。『お洒落じゃないの』けいちゃんは郷土料理を一品頼む。ミーガシュデポルコが大皿にこれで一人前かと思うほどドンと盛りつけられていた。固くなったパンを細かくして塩やニンニク、肉の炒め汁で味付けし、火をかけて練り上げたと言う固まりが皿の中央を占め、その回りを囲むように炒めた豚肉が並んでいた。ガイド本にも載っている料理だった。ポーが食べた。一口でビールに走った。少しぐらいまずくてもけいちゃんは残さない偉い方だ。その偉い方が三口でファンタをグイグイ飲んだ。その夜は腹が減って宿の部屋で持参のゴマ煎餅で満たした。『何事も経験よ。でも11ユーロが悔しい!』けいちゃんは1430円の大金に泣いた。翌朝7時。モンサラーシュは霧の中。2時間かけて撮影しながら散策。音がない。下界から騒音なんて聞こえない。勿論眼下の大草原の展望も霧の中。門をくぐってバス停の広場に出た。平石を縦にして敷き詰めた石畳の広場を歩きそこから見下ろすと20軒程の集落があった。『あそこに行こう』けいちゃんは坂道を下った。白い壁とオレンジの屋根。ここも静寂。細い路地に入り霧の中をしばらく歩いていると「め〜め〜!」の音が突然まっ白い世界から響いた。山羊の鳴き声が霧の中では音楽だった。『モンサラーシュの山羊もメ〜メ〜!って鳴くんだ。いい声だねポー』けいちゃんは感涙していた。14時20分発のバスに乗る。
 バスの窓から振り向くと大草原の中にモンサラーシュの村がまるで未知の国から来た宇宙船みたいに静かに浮かんで見えた。