海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 ポルトガルの首都リスボンからバスで南部のアルガルヴェ地方に向かった。
 昨年2月7日雨が降るアルコ・ド・セゴバスターミナルで写真家けいちゃんはファーロ行きのキップを買った。14.5ユーロ(1,885円)空路で行くこともできたが節約旅はバスに限る。ファーロにしたのは、ガイド本にポルトガルで最も春の訪れが早く、1月にはアーモンドの花が満開になると書いてあったから。

 12名が乗ったバスは一路南下。雨がガラス窓を球になって走る。ノンストップで4時間半。走りはじめて30分もしないうちに、けいちゃんは後部座席で夢のなか。バスの揺れが好きらし。

 ここで「けいの豆旅日記ノート」を覗くと…。
 〔バスの席は一番前か一番後ろがいい。後ろは長距離で寝るのに、横になれるからいい。前は景色が良く見えるから。でも、だいたいが窓が汚くせっかくの景色がくもって見える。車内の掃除もしていないみたい。しかし、私には関係ないか。ぜったい途中で寝てしまうから。車の振動って眠くなるのよね。〕

 車窓の景色にポーは堪能していた。小さな国だと思っていたが、延々と続く大草原にポルトガルの認識を変えた。広大な大地に羊の大群。オリーブ畑やコルクの林。高くて広々とした大空。小さな集落がひと握りのマッチ箱みたいに過ぎ去って見えるほど、広さに感嘆だった。
 11時30分にファーロのバスセンターに着く。3時間15分の乗車だった。ガイド本に害いてあるより1時間15分も早かった。
 『なんか得したみたい』けいちゃんは目をこすって微笑んだ。本当によく眠れるひとだ。FAXで予約しておいた三星ホテル「オセアノ」(一泊30ユーロ・3,900円)を地図を見ながら捜した。旅行バックをガラガラ押しながら。石畳がこんな時は不便だった。その音に道行く人が振り返るほどだ。400メートルもあった。しばらく手から振動の揺れが消えなかった。タクシーを使えばいいのにと思うが、その何百円がおしかった。
 部屋は201号室、3階だ。エレベーターがない。旅行バックを運ぶのにここでも苦労した。荷を解いてすぐ町に飛び出した。

 「けいの豆旅日記ノート」からの抜粋だ。
 〔ちょっと青空が見え隠れしてきた。よかった。写真が撮れる。空を見上げていたので偶然コウノトリを発見できた。こんなに間近で出会えるとは思っていなかったのでとても婿しかったなあ。ほんと、カモメでもうれしいのにね。コウノトリなんて日本じゃ絶対に見れないよね、町なかで。〕

 町の中心は、ドン・フランシスコ・ゴメス広場。ホテルからレストラン街を通り3分もかからない。マリーナに面していて、ヤシの木が並びリゾート地の寡囲気。そこで、けいちゃんは発見した。コウノトリの激写が始まった。

 「けいの豆旅日記ノート」から、ふたたび・・・。
 〔ファーロではコウノトリをたくさん見ることができた。教会の上、屋根の上、エントツの上、電灯の上など高いところに巣を作っている。初め、動かないので作り物かと思った。しばらく見ていたら、少し動いたので覿光客用ロポットかと思った。でも、飛ぶ姿を見て本物だとわかった。鶴のように大きくて、きれいだ。2羽ずつ巣にいた。初め発見したとき光の具合が悪かったので、次の日から外の町に出掛ける前に巣を見て回った。高いところにいるので望遠レンズでも、まだまだ遠い。カタカタカタと、面白い鳴き声だ。〕

 木を打ちつけるような鳴き声と真っ赤な脚と嘴が印象的だ。ガイド本にはどこにもコウノトリのことが書かれていない。興味ないのかも知れない。広場に続くマヌエル・ビヴァール庭園を抜けるとアルコ・ダ・ヴィラがある。旧市街に抜ける門だ。門の上に大理石で出来た聖トマス・アキナスの像が立っている。18世妃にドン・フランシスコ・ゴメス司教により作られた城門であった。抜けると、狭い石畳の夜道が伸びていて白い家並みが坂の上まで続いていた。ここは、かつてのイスラム支配時代の名残だった。坂の上は大きな広場があって、回りがオレンジの街路樹。その空間にカテドラル(大聖堂)がデンと建っていた。街路樹のオレンジの木には実がいっぱいで、誰も採って食べないのか歩道にいくつも落ちていた。踏まないように歩くと、足元から甘い香りが伝わってきた。

『採って食べてみる?』
と好奇心旺盛なけいちゃんが撮影の手を休め言う。でも、やめることにした。腹でもこわしたら、旅に影響するから。香りだけで満足した。
 旧市術地から海岸通りに下って10分も歩くと、また町の中心ゴメス広場に。そこで、ショーを見た。しかも無料。ベンチで朝から話し合うおじいさんやおばあさん達。みんな自分の指定席を持っていた。その中の一人が席から立ち上がった時だ。バタバタバタ。屋根から何十羽もの〔鳩〕がおじいさんに寄ってきた。肩に頭に腕に。鳩の乱舞。ポケットからつまみ出す手のひらのパン屑に鳩が群がった。けいちゃんはその一瞬を見逃さなかった。素敵なショーだった。
 『子供に群がる鳩もいいけれど、お年寄りと鳩もいいね、ポー』
 けいちゃんの万歩計を見たら、もう二万歩を越していた。今日もよく歩いたものだ。

 パトカーが音響かせて目の前を通過。ボルトガルのパトカーは日本で見慣れた赤のランプでなく、〔青〕
だった。赤の方が何故か合うなとポーは思った。

 お年寄りの指定席の横で背をまるめて石畳の修復工事をする職人がひとり黙々とこぶしほどの石を石畳に埋め込んでいた。
 ファーロは海をはさんでアフリカ大陸という位置。地中海性気候のため1年を通して温暖だ。今ではポルトガル屈指のリゾート地帯の玄関口として知られている。国際空港もあり、ヨーロッパ各地からの観光客で夏場はホテル料金も倍になるという。だから、冬場に来たのだった。
 ファーロに着いたその日夕焼けをけいちゃんはねらった。マリーナの脇を列車が走る。その線路際で夕焼けを待った。頭上を飛行機がひんばんに通過して、下降していく。目の前を警笛を鳴らして列車が通過。夕方の漁に出掛ける小型の漁船が美しい波模様を措いてくれる。長閑(のどか)。線路際に来る前に見たカルモ教会の人骨堂の光景が浮かぶ。18世紀初頭のバロック様式の教会の裏手に、天井から壁面いっぱいに修道士たちの頭蓋骨や骨で覆われている人骨堂があった。
 あまり気持ちのいいものではなかったがけいちゃんはシャッターを切るたびに右手を挙げて祈っていた。
 夕焼けが大きな空を染めた。この旅も夕焼けにはついていた。基地にしたファーロは予定の6泊を4泊にして次の町に行くことにした。バスセンターで調べると3便あった。ごろごろバックをころがしての翌日。その日は1便しかなく、それも既に発った後。ギャー!けいちゃんの叫びだ。曜日によって便数が違うらしい。そこまでは読み取れなかった。また、ごろごろとホテルに戻って、もう一晩頼む。カタカタ鳴く声が笑っているように聞こえた。


杉澤理史・放送作家
主なテレビ番組・構成演出
・おばあちゃんのおごっつお!(200回)
・宮地佑紀生の歩いてこんちは〜!(98回)
・オイシイのが好き!
・ふるさと紀行
・今、ときめき世代
・ふれあい家族
・「理恵ちゃんの夏」
・「お神楽を復活させた子供たち・日間賀島」
(知多市新舞子在住)
山之内けい子・写真家
「愛しのポルトガル写真展・個展」
Part1〜7(後援・ポルトガル大使館)
・2001年9月ポルトガル取材
・2001年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2002年1月〜2月ポルトガル取材
・2002年3月ギャラリー・ル・レーブ
・2002年7月〜8月ギャラリー・ナポリ
・2002年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2003年2月ポルトガル取材
・2003年4月〜5月尾西市三岸節子記念美術館
・2003年9月JAギャラリー大府
・2003年12月名古屋市民ギャラリー栄
(大府市共和町在住)
【山之内けい子・愛しのポルトガル・写真集】2002・ポー君の旅日記を出版。120頁。定価(税込み)2,800円。
申込先:オフィスPo
電話:090-6615-6300
FAX:0569-42-1097