海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 スペインの国境まで12キロにあるエルヴァス。そのため、かつてはさまざまな攻防戦があり、町を城壁で囲んだのは17世紀のことだという。1801年ナポレオンによる侵入戦も城壁が要塞となって守り抜けた町エルヴァスだ。
 バスターミナルは城壁の南西を入ったところにあった。しかし、今日泊まるホテルは城壁の外だった。

「けいの豆日記ノート」
 〔ホテルまで500mほどの距離。石畳をゴロゴロ荷を転がした。車がよけて走ってくれた。タクシーはもったいない。今日のホテルはポザーダ。1回は泊まってみたいと思っていた。消防士達が握るホースから空に向かって水が吹き出す噴水の交差点を渡った所にホテルがあった。ポザーダは国営のホテル。数百年を経た古城や修道院などを修復改築しホテルにした。60年ほど前に実行された。現在40箇所以上あるそうだが私たちには高すぎて泊まれない。一晩の料金で三晩は泊まれるもの。ポザーダ・デ・サンタ・ルジアはかなり安めだったので決めた。お洒落で綺麗だった。部屋まで重い荷物を持って行ってくれるもの。こんなの初めて。朝食つきのその朝食が楽しみ〜!〕

 さすがポザーダ。部屋の窓を開けたら眼下に青いプールがとびこんできた。でも2月13日。見るだけだった。青空に7本の飛行機雲が長く長く伸びていた。ここは飛行機の通り道か。城壁の中は明日にし、午後は城壁の外を散策に当てた。ポザーダから10分ほどにサンタ・ルジア要塞を見つけた。星の形をした周囲300m程の要塞だった。中に入る入口が見つからず一周してしまった。ロを尖らしたけいちゃんだったがスーパーを見つけると顔に笑みが。ポーはなぜかほっとし落胆した。夕食はホテルのレストランでこれぞポルトガル料理というやつを期待していたが、まっ、いいか。1ユーロ(130円)の赤ワインなどを買った。高級の宿でスーパーで調達の食材を広々とした部屋で食べながら明日の行動予定を練った。でも実際には一度も予定どおりに運ばなかった。旅は生き物だった。
 翌朝のレストラン。豪華の一言。果物は10種類以上が山盛りに飾られ、大きな器には20種類以上の料理や飲み物、焼き立てのパンなどが大きなテーブルにぎっしり。何から食べていいかポーは一瞬ひるむ。ああ、情けない。写真家はレストランの雰囲気をカメラに収めながら、口は休むことがなかった。『満腹!昼は抜きにしようね、ポー』満足気にコーヒーを飲みながら言い放ったものだ。
 ポザーダの支配人に「愛しのポルトガル・山之内けい子写真集」を一冊プレゼントし、城壁の中に向かった。真っ青な空だった。
 『あれ、何?』内掘を渡り城壁の中に入るトンネルの手前でファインダーを覗いていた写真家が叫んだ。沢山の黒い鳥が鉄砲玉みたいに飛んでいた。燕だ。エルヴァスで冬の燕が出迎えてくれた。『感激!』と声を詰まらせた。予期せぬ発見が旅の楽しみだ。トンネルを抜けると狭い石畳の路地が町の中心レプブリカ広場へと案内してくれた。
 城壁の中は要塞都市。ゆったりと時を刻んでいた。
 広場の北側にかつて大聖堂であったノッサ・セニョーラ・ダ・アスンサオン教会が青空を背景にデンとかまえていた。広場のベンチはここもお年寄りの指定席だった。9時を過ぎていた。教会の脇を抜けるとまた小さな広場サンタ・クララがあった。広場の中央に装飾された5mほどの柱が立っていた。16世紀に使われていた罪人のさらし台だと知った。その前に小さな教会がある。ポーは小さな教会が何故か好きだ。ノッサ・セニョーラ・ダ・コンソラサオン教会。中は入り口と天窓から入ってくる自然光だけ。それが神秘性を生む。質素な木の長椅子に座り、丸い天井と壁の幾何学模様のデザインに心を奪われる。静寂のなかで身が溶けていく安らぎを感じた。旅はだからやめられない。
 写真家は記帳台のノートに向かってペンを走らせていた。記帳台があれば必ず書く。それが任務みたいに。
 何を書いたのかポーは見ない。見たいけど見ない。礼儀だから。更に石畳を北に向かうと城跡があった。入場料1.3ユーロ。ここは拾い物だった。城跡に登ると眼下一望。オレンジの屋根瓦が折り重なるエルヴァスの町が見渡せ、城壁の外に広がるオリーブ畑の先にグラサ要塞も見えた。城跡の上は細い通路が一周。四方の景観が堪能できた。勿論、写真家は仕事に熱中。『ベストポジション!』とご機嫌。城跡を出て直ぐに工房を発見。愛知県の焼き物の里、常滑で修行したという青年の工房だった。写真を撮らせてもらい、またの再会を約束してポーはアドレスを渡した。

「けいの豆日記ノート」
 〔小学絞を見つけた。昼休みなのか高い格子鎖扉に20人ほどの子供達が群がり笑顔一杯に『撮って〜!』叫んでくれた。その後、市場を見つけ入ってみたが閑散としていたのでレポプリカ広場で一休みしていたら最後まで「撮って〜」とポーズをしていた女の子が私を見つけやって来た。カメラを向けると弾けた笑みでポーズ。ポルトガルの子供たちは目が輝き愛くるしいよ。昼で学校は終わりなんだ。2月14日金曜日]

 翌日。朝8時にまた市場に行ってみた。高い天井の市場は土曜日のせいなのか人でいっぱい。魚屋の青年が鯛を片手で持ち上げ「お買い得だよ〜!」ポーズを写真家に。勿論、カシャ!『オブリガーダ!』ありがとうをけいちゃんは忘れない。長い長いねじり揚げパンをハサミで切って「お食べ」とおばあさんが差し出すと『オブリガード!』と遠慮なくけいちゃん。『美味しい!』と日本語で返す。おばさんもニッコリ。通じた。今日も青空。ポーは昔から(晴れ男)なのだ。町はアップダウンの細い路地だらけ。白い壁の家並みが続く。大きな木に花が咲いている。桜みたいに、アーモンドの花が青空に映える。
 坂の途中で黒い衣裳のジプシーが路に寝ころんでいた。撮っていい?と写真家がカメラを向ける。笑顔で頷いてくれた。写真を送ってくれとメモが返ってきた。無論、お礼に〔折り鶴〕を忘れない。撮った人には必ず渡した。あの小学生は友達に上げたいのか5羽欲しいと。けいちゃんはその場で折って渡した。女の子の視線は鶴を折る手元に釘づけだ。あの子の日の輝きは忘れられないポーだった。

「けいの豆旅日記ノート」
 〔遅い昼食を取ることにした。小さなカフェに入った。太めの若い女性がてさばきと良く働いていた。見ていて気持ちがいい。前の人がチキンを食べていたのでそれを一人前頼む。正解だった。二分の一のチキンだったがでかかった。ポテトも生ジャガイモを揚げて、量も山盛り。二人で食べても余るほど。満腹。飲み物込みで5.6ユーロ。安かった。狭いカフェだったが人はいっぱい。地元の人しか知らない穴場の店だったかもよ。ラッキーー]

 旅を楽しんでいるけいちゃんであった。城壁の中はくまなく歩さ回った。エルヴァスの2日間で万歩計は4万歩が過ぎていた。城壁の外にアモレイラ水道橋が長い列車みたいに菜の花畑沿いを遠く遠くへと連なっている。全長7km。イベリア半島最長の水道橋は今も使われていた。1498、1622年に造られた。青い空と緑の草原を背景に溶ける美しさ。時の流れが秒針のように刻々と正確に刻んでいた。


杉澤理史・放送作家
主なテレビ番組・構成演出
・おばあちゃんのおごっつお!(200回)
・宮地佑紀生の歩いてこんちは〜!(98回)
・オイシイのが好き!
・ふるさと紀行
・今、ときめき世代
・ふれあい家族
・「理恵ちゃんの夏」
・「お神楽を復活させた子供たち・日間賀島」
(知多市新舞子在住)
山之内けい子・写真家
「愛しのポルトガル写真展・個展」
Part1〜7(後援・ポルトガル大使館)
・2001年9月ポルトガル取材
・2001年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2002年1月〜2月ポルトガル取材
・2002年3月ギャラリー・ル・レーブ
・2002年7月〜8月ギャラリー・ナポリ
・2002年12月名古屋市民ギャラリー栄
・2003年2月ポルトガル取材
・2003年4月〜5月尾西市三岸節子記念美術館
・2003年9月JAギャラリー大府
・2003年12月名古屋市民ギャラリー栄
(大府市共和町在住)
【山之内けい子・愛しのポルトガル・写真集】2002・ポー君の旅日記を出版。120頁。定価(税込み)2,800円。
申込先:オフィスPo
電話:090-6615-6300
FAX:0569-42-1097