海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 最初に哲学者 谷川徹三を紹介します。
 谷川徹三は常滑市出身で法政大学の総長を務められました。勲一等瑞宝章を受章し、常滑市立図書館には「谷川徹三文庫」が設けられ常滑市名誉市民として顕彰されています。詩人 谷川俊太郎のお父さんです。(1895〜1989)
 しかし、残念ながら今、谷川徹三を研究する研究者は多くありません。過去の哲学者という扱いになっています。しかし谷川徹三は太平洋戦争という激動の時代、価値観・世界観が180度転換する軍国主義から民主主義へと転換する戦前・戦中・戦後を1つの思想で生き抜いた哲学者です。
 こんな哲学者は谷川徹三をおいて他にはいません。戦前・戦中の自分の思想を書き換えたり、戦前・戦中の思想を無反省に捨てて新思想家として出発したりした哲学者や戦後を生き抜くことができず没落していった哲学者はいますが、谷川徹三のように1つの思想を貫きながら戦犯という批判も受けず戦後の民主主義の思想的リーダーとして君臨した哲学者は希有な存在です。学ぶべき点はたくさんあります。谷川の1つの思想の中に哲学とは何かの根本思想が含まれています。その思想とは「文化的無地盤性」の克服という思想です。
 明治時代、日本は富国強兵の下で西洋文明を大量に流入させましたがその西洋の科学文明と西洋思想は日本文化とアンバランスにあり日本文化を発展させるものになってはいませんでした。日本は必要性から西洋の文明を輸入したのに逆に西洋文明は日本では文化的地盤を持たないために勝手歩きをし、思想的混乱や頽廃をもたらしてしまいました。この状態を克服されなければならない。どう克服すべきか。これこそが近代日本が担う課題であったと言えます。
 「文化的無地盤性」とはこのことを言います。この状態をどう克服していくべきか。谷川徹三はこのことを問題にしその克服の方向性を以下のように示しました。
 日本は仏教や儒教を受容し文化の伝統の上に生きづかせることによって日本文化を大いに発展させてきました。今日、アンバランスに見え日本道徳を混乱させているように見える西洋の文明も日本文化の伝統の上に根を張るようになればもっと日本文化を発展させるようになるであろうと思われます。
 谷川徹三は東京大学から京都大学に進学し西田幾多郎に師事します。西田幾多郎が日本軍国主義に屈服せずドイツ観念論を学びながら日本哲学の真実の発展を考えたように谷川徹三も屈することなく、西洋文明の文化的無地盤性の克服を問題にしました。日本文化の土台を深く理解し宥和を図り、日本文化を発展させていく。この精神こそが『哲学』なのです。ここにこそ谷川徹三の素晴らしさがあるのです。
 次号以降で、日本軍国主義に抗しつつ文化的無地盤性克服に努力した谷川徹三の思想を紹介します。戦後日本の民主主義のリーダーとなった必然性も紹介します。

久田健吉(哲学研究者) プロフィール

1942年(昭和17年)生まれ。
66年愛知教育大学哲学教室卒業。
72年名古屋大学大学院文学研究科哲学研究教室修士課程修了。
74年大同高等学校(教諭)就職。2002年同校退職。
知多市や東海市の市民大学で講師を務める。
著書「私立工業高校復権宣言」(高校出版)。
中日新聞『ともしび』欄に「聖人の思想」を4回にわたって連載。
美浜町在住。