海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
宝探しの旅 4日目

 6月8日(火)
 「転機」

 我々研修委員会の役割は、研修の時間を作り上げるだけではなく、実はもう一つ大切なものがあった。400数十名を16チームに分けた約25人。この各チームの一般乗船者達に我々委員会メンバーが付き、研修の時間以外の時間もチームの全てのメンバーに研修の効果が現れているかを見守り、アシスタントとしてサポートするという使命である。
 昨日までの我々は、午後の研修の枠に全力投球してきたため、それぞれのチームとの関わりは事務連絡等に留められ、それほど密度の濃いものではなかった。しかし、各チームは7日目(11日)の夜の「フェスティバル」に向けて団結し、一つのものを作り上げるという共通の目標があった。どうしなくとも纏まって行かなくてはならない時期だった。
 私の担当するチームはA−3チームだ。Hと2人での担当である。当初私たちは2人でチームが集う時間(チームアワー)に現れては、文字通り「見守って」いた。しかし、チームのみんなは「フェスティバル」という同じ方向に向かって確実に歩き出していた。ただ見守っているだけの我々の居場所は無いに等しかった。彼らの何を?どうやって「サポート」するのか?これは私の胸にかなり重くのしかかってきた新たな課題であった。
 この日の研修は「論語」である。昨晩、論語の資料は英訳していなかった。仕方ないので、研修の時間に同時進行の翻訳をしていた。「これこれは英語でなんて言うの?」と一人の招聘青年を捕まえては、適切な英語にしていく。そして、それを論語の資料に書き込んでいく。今日の船はよく揺れている。一心不乱に英訳を書き込んでいたのが災いした。乗船後初の船酔いだ。全てを書き込んだ瞬間、とてつもなく気分が悪くなり、誰かを捕まえてコピーを頼み、自分の荷物も置きっ放しで委員会ルームに向かった。しばらく横になる。そのまま昼食をキャンセルして部屋で休むことにした。部屋におかゆが届いた。委員会メンバーのYが手配してくれたものだ。暖かい気持ちが嬉しい。苦しいやら嬉しいやらで結構食べた。今日のチームアワーはHに任せて寝ていよう。少し気が楽だ。チームに張り付いているときは正直気が重かった。
 何時間も寝ていないだろう。こんな時に限ってお昼のDJがうるさい。目が覚めるとしかし気分は随分良くなっていた。委員会ルームでは明日のグァム寄港のための部屋の掃除が佳境を迎えていた。手伝うこともなくウロウロするうち、委員長がHの名を呼ぶ。「緊急FAX」という言葉が聞こえる。「何だ?どうした?」口々に言う委員会メンバーの言葉のうち、一つの言葉が部屋の空気を変えた。Hの身内に不幸があったという。
 次の時間の下船オリエンテーションは上の空だ。Hの故人を悼む気持ちも当然辛いだろう。でも、これまで同じ方向を向いて、皆で一つのものを作り上げてきた仲間が一人、明日船を下りることになってしまった。我々委員会メンバー全員の心が痛んでいた。
 その夜Hは寂しがる私に言った。「僕がとうかい号じゃないからね。」どきっとした。私はいつしかHの肩越しにとうかい号を見ていたのだ。いつもHの存在をあてにして、チームとも真正面から向さ合っていなかった。Hとの友情は船の上にだけ存在するのではなかった。でもとうかい号は今しかないのだ。自分自身がこの船に真っ直ぐ向き合わなくてはいけなかった。船の旅も丁度折り返し地点、私の旅も大きな転機を迎えていた。

宝探しの旅 5日目

 6月9日(水)
 「試練」

 今日の「朝の集い」は早かった。6時集合だ。2日前から30分ずつ合計1時間の時差を調整しているので、実質5時といったところだ。デッキに集合した私たちを待っていたのは進行方向に浮かぶ緑色の陸だった。「グアムだ!」「もうじき着くぞ!」眠さと、疲れと、訳もない喜びに歓声が飛び交う。東の水平線から太陽が昇っていた。たくさんの光が雲に反射している。朝日の美しさに一瞬言葉を失う。そういえば私たちは海という大自然に囲まれて過ごしてきたのだった。束の間、自然の美に心を委ねる。今日は久しぶりの陸地だ。
 グアムは蒸し暑い。持っていった傘は瞬時に日傘にも雨傘にも変化する。歓迎レセプションに次いでホテルで昼食を取ったあと、乗船者達はピースラリーと称して2時間の徒歩の旅に出掛ける。移動はバスだ。まったくもって600人の大移動である。
 しかし我々研修委員会のバスは少し早めの買い物に向かう。やっと巡ってきた「自由時間」だ。有効に使わねば。Hに4日間のサポートに対する感謝、一人でチームに関わることの不安、いろいろな想いを話す。紅一点、男ばかりの委員会で気丈にやってきたつもりだったが、実はいつも距離を感じていた。Hが行ったあと、バスも船も隙間だらけだった。
 不安と昼間の暑さで憔悴し切った私は部屋に帰るといつの間にか眠りに落ちていた。何時間寝ただろうか。ドアを激しく叩く音で目が覚めた。次の国際交流パーティのために着込んだアロハシャツのまま、寝ぼけ眼でドアを開ける。委員会メンバーのAが立っていた。「西尾のIさんが泣いてるよ、行ってやって。」訳も分からず部屋を飛び出しAに付いていく。そこには涙を拭うIさんがいた。彼女は私の所属する西尾彼女は私の所属する西尾幡豆JCが送り出した大切な一般乗船者だ。「どうしたの?」まだ寝ぼけながら訪ねる私にJさんは「大丈夫です。ありがとう。」と健気に答える。この時期、乗船者達もチーム内での衝突、恋愛沙汰、自分自身との葛藤など、みんなそれぞれの折り返し地点を経験しているようだった。楽しいだけがとうかい号じゃない。乗船者もスタッフもみんなそれぞれの「試練」に立ち向かうべき運命が待ち受けていた。何とか彼らのカになれれば、という」想いはAも同じだっただろう。
 どうやら国際交流会はすっかり終わってしまったらしい。ということは、夕食も食べそびれたと言うことだ。またもや!これで何度、貴重な睡眠と食事を逃したことか。そんなことは覚悟の上だったが…。さあ、いよいよチームアワーだ。チームは私の不在の間にもどんどん団結し先へ先へと進んでいた。既に船出してしまった彼らに泳いでたどり着くのはどれだけの時間と気力を費やすのだろう。重い足を引きずりながら一人チームアワーに向かう。彼らは既に活動を開始していた。黙々と大道具を作る者、テキパキと指示を出す者、ダンスの練習に没頭している者…。私の入り込む余地はあるのだろうか?
 「ちょっと、時間をいただけますか?お話しさせて下さい。」ありったけの勇気と気力と情熱をもって、声を掛ける。何かの連絡事項だと思ったのだろうか。フェスティバルの準備に余念のないチームの何人かが面倒臭そうにこちらを見た。

宝探しの旅 6日日

 6月10日(木)
 「距離」

 "私たち研修委員会は、当初「公共心」の研修に全力を注いで来たけど、今後はチームのサポートをすることに全力を傾けたい。皆さんは、もう既に団結してひとつの方向に動さ出している。でも、何のためにフェスティバルを成功させようとしているのか、何を得ようとしているのか、それをもう一度思い出してほしい。研修以外の時間もすべて研修だと思ってこの船の旅を送ってほしい。別に私は皆さんを研修してやろうという位置にいるのではない。私自身も皆さんと一緒に成長していきたい。実際、今から受け入れてもらえるのかどうか、すごく不安で緊張している。でも、勇気を振り絞って皆さんに向さ合っている。折角縁あった皆さんのために何かお手伝いできれば本当に嬉しい″
 心からの言葉だった。私は、このとき初めてチームに真正面から向き合ったと思う。声が震えて、胸がドキドキしていた。何人かが拍手をしてくれて、誰かが声援を送ってくれた。しかしまだ、彼らと私の間には依然として「距離」が横たわっているように感じた。毎晩渡す宿題の「自分発見シート」をまだ全員が出してはくれなかった。それが自分の存在を無視されているようで切なかった。今私に出来ることと言ったら小間使い、大道具の手伝い、愛想笑いくらいだ。それ以上前に出られなかった。それ以上何が出来るのかわからなかった。自分がこんなに弱い心でいて何が「サポート」なのだろう?
 委員会ルームに帰って泣いた。不安なのか安堵なのか、情けなさのためか、はたまた元気づけてくれた委員会メンバー達の優しさのためか…。いつも穏やかなFも喧嘩っ早いGも、そこに居合わせただけなのに、私の抱える問題に真剣に向き合ってくれた。そして熱く語ってくれた。委員会メンバーは既に私に心を開いてくれていたのだった。チームにも委員会にも自ら壁を作っていたのは私だった。涙はいつまでも止まらなかった。
 今日は、グアムのイパオビーチで大運動会だ。同部屋の国際交流委員会のKちゃんの晴れ舞台である。彼女もこの日のためにどれだけの汗と涙を流してきたのだろう。それを思うと今日は「自由時間」など作らず、我々に課せられた役割(海岸の警備)に専念しなくてはならない。ビーチはグアムを絵に描いたような景色だ。みんなチームのエールを叫んだり、綱引きをしたり、グアムのビーチを満喫しているようだった。
 午後の研修も素晴らしかった。私たちは午前中の疲れも忘れ、未来への希望と願いを込めて折り鶴を作った。とても心洗われる一幕だった。乗船者達も一日過ぎる毎に、涙を一粒こぼす度に、心が素直にピュアになってきているようだ。
 今日はフェスティバルのリハーサルがある。ゴールはすぐそこなのに、チーム全員の名前と顔が一致していない。まだ真剣に彼らに向き合っていない証拠だ。しかし分かっているのに体が動かない。委員会ルームでいつまでも明日の英訳をしていた。「麗ちゃん!A−3チームのリハ始まるよ。早くおいで。」委員会メンバーのYが急いで呼びに来た。Yに背中を押されてようやくリハーサル会場に向かう。出番を待つチームのみんなに取り敢えず「頑張ってね」と声をかける。と、一人の胸からぶら下がっている名札がニックネームになっている事に気づいた。「何?それ。ニックネーム?見せて。」「これ、皆の名札の裏に張ってあるよ。」「!」これが最後のチャンスだった。名前がだめならニックネームだ。意地でも憶えるつもりで、みんなの名札を裏返して行った。残り3日の時点で初めて一人一人に声を掛ける私。完全に出遅れている。しかし私たちの間の距離は確実に縮まっていった。


【山下麗子プロフィール】
西尾市在住
(社)西尾幡豆青年会議所所属 西尾市役所勤務

好きなもの:面白いこと・わくわくすること・心が和むもの(JC・音楽・旅・フラメンコ・外国語・歌舞伎・着物・茶道 etc)