海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち

 たそがれ時の生き方
 映画『たそがれ清兵衛』がヒットしている。ふだん映画館に足を運ばないような中高年が客席を埋める。そして、泣き腫らした目をして映画館から出てくる。
 映画監督の山田洋次さんが、監督歴40年あまり、70作を超える監督作品の中で初めてという時代劇に取り組んだ。山田さんが、愛読する藤沢周平の原作をもとに撮影した。
 東北の小藩の平侍・清兵衛は、妻に先立たれ、幼い娘二人と、年老いた母親と暮らしている。たそがれ時になると、酒の誘いも断り、まっすぐ家に飛んで帰り、家事や畑仕事、内職に精を出している。その清兵衛、実は、剣の腕が立つことが、藩の家老の知るところになり、上意打ちに加担するよう、命令される。平穏無事を好む清兵衛だが、やむなく、引き受けることとなる。 
 愚直なまでのまじめさを持った勤め人。家族を愛し、娘の成長に喜びを感じる良き父親。清兵衛は、清貧の中にも豊かさや楽しみを見いだしていた。しみじみとした幸せを味わっていた。しかし内面では、「藩主の命令より家族を大切に考える自分の気持ちに戸惑いを感じていたのかもしれない」と山田監督は語る。単純に平穏無事を願っていたのではなく、葛藤を抱えながら生きていたからこそ、観客の共感を得られるのだろう。
 そう遠くない昔、たそがれ時になると、父親が帰宅するのはあたりまえだった。外で遊んでいた子どもも、「ごはんだよー」の声に誘われて飛んで帰り、ちゃぶ台を囲んでの団欒が始まった。清兵衛の日常は、ついこのまえまで、どこの家庭にもあった光景を思い起こさせてくれる。
 清兵衛の生きざまは、バブル崩壊後、他人や会社のペースにあわせるのではなく、自分のペースで生きたいと思い始めた中高年の男性の心に響くものがあるようだ。
 高度成長からバブル期にかけて、欲ばかりが高まっていった。多くのサラリーマンは、「勝ち組」に残らないといけないという恐怖心にさいなまれていた。そんな状況を、山田さんは、時代に対する違和感を持ちながら眺めていた。欲のない『寅さん』が人気を集めたのは、時代背景のアンチテーゼだったのかもしれないと・・・。
 山田さんは、働き盛りの自殺者が後をたたないことを気にかけている。「いくら暗いことが多いと言っても、この世の中、捨てたものじゃない。おどおどしたり、くよくよしたりるのは悔しいことじゃないですか」
 山田さんは、喜劇王・チャップリンの「生きていくのに必要なのは、勇気と想像力と、ほんの少しのお金」ということばが好きだ。山田さん自身も、「勇気と想像力を失わなければ、愉快な人生が送れるはずだ」と考えている。

 心安らぐひととき
 山田さんと話していると、ほんとうに心が安らぐ。問いかけても、短絡に即答はしない。じっくり考えて、かみしめるようにして答える。答えが返ってくるのを待つ間が、これまた心地よいのだ。そして、山田さんの決してせかせかしない語り口が、心の中にじんわり染みとおってくる。
 だが、ご当人は、撮影に追われる日々を振り返り、「僕には、清兵衛のようにおだやかな日常があったわけでもなく、勝手気ままにさまよい歩いていた寅さんのようにもなれなかった」と述懐する。両極端のキャラクターの二人は、山田さんにとっても、あこがれの存在なのかもしれない。

 山田さんは、「映画は、集団芸術」と言い切る。
 常に、地道にものを作り上げる人を大切にしたいという思いがある。「画面には、スタッフの<気持ち>が映る」という。「映画を作る人間が楽しんでいなければ、観客を楽しませるような映画は出来ない」と考えている。
 例えば、長期間の撮影では、弁当の調達を担うのは大変なことだ。担当者は、おかずの内容一つ一つに気配りをする。山田さんは、弁当箱に、昨日と違うおかずを見つけたら、それを指摘して褒めるようにしている。細かいことを省くといい映画は出来ないという信念がある。目立たない人にこそ、声をかけることを心掛けている。

 山田さんは、これまでメガホンをとった映画の中で、庶民のささやかな幸福を見つめてきた。あえて素朴に「幸せって何か」と聞いた。少しはにかんだような顔をして、いつも以上に、間をおいて答えが返ってきた。
 「何かを獲得する、欲望を満たすことが幸福ではないんじゃないかなぁ。幸せとは、安心して暮らせることじゃないのかなぁ。人生、楽しいこと面白いことばかりではないけど、安心な時間を持てることが幸福なことじゃないのかあぁ」
 安心な時間、すなわち心安らぐ時間。平穏無事な時間。
 清兵衛のように、いつもとかわらぬリズム、あたりまえの日常を、どれだけ愛情を持って見つめられるか。自分の身の丈にあった生活をすることが出来るか。スクリーンの中で、山田さんの語り口で、受け止めるメッセージは、実り多いものだった。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)