海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 「ひんしゅくは金を出しても買え」「薄氷は自分で薄くして踏め」「スムーズに進んだ仕事は疑え」が、創業以来の経営理念になつている。幻冬舎社長・見城徹さんは、次から次にベストセラーを生み出す出版界のカリスマと言える。

 感動の仕掛け人

 今月12日で、会社創立ちょうど10年になる。20年勤めた大手出版社を退社して社長以下、6人で船出した。見城さん42歳のときのことだ。
 以来、常に出版界の話題の中心的存在であり続けた。これまで、単行本・文庫本あわせて1500点以上の書籍を世に送り出してきた。郷ひろみさんの『ダデイ』は、初版50万部も驚くべさことだが、発売当日に離婚発表というスクープで、世間をあっと言わせた。五木寛之さんの『大河の一滴』は、幻冬舎最大の270万部、そのほか、石原慎太郎さんの『弟』や天童荒太さんの『永遠の仔』など、この出版不況の中にあって、ミリオンセラーは8冊を数える。

村上信夫 見城徹さん
心は感動しているか 幻冬舎社長 見城徹さん
 これだけのヒット作が生まれるのは、「ひとえに人材の力」という。年に10万部以上売れるヒット作をコンスタントに作れる編集者が十数人いる。創業以来、基本的に社員数は増やさない方針で、現在、社員は43人。一人2億の仕事を合言葉に、年商は84億8000万円あまりにのぼる。
俳画 イネ・セイミ 見城さんは、1950(昭和25)年、静岡県清水市生まれ。まわりに気を使い、人の目ばかり気にする少年だつた。人付き合いが苦手で、劣等感の固まりだった。世界一、自分が醜いと思っていた。そんな心をなぐさめてくれるのは、学校の図書館で、一人で本を読む時間だった。
 慶応大学法学部に進み、作家を志す。しかし、新宿の酒場で、当時、無名だった高橋三千綱、中上健次、つかこうへい、立松和平といった作家たちと飲み歩くうち、彼らは、書かないと救われないものを持っていることに気づく。彼らには、自分と違う何かがあると思い、作家を断念した。ただ、作家を輝かせることは出来ると思い、出版社に入る道を選ぶ。

 心をわしつかみ

 見城さんは、創業のとき、出版界の現状を憂え、自らを鼓舞し、叱咤激励するように、《闘争宣言》を発表している。この中で、「出版社は、作者と読者の両方の胸の鼓動や息遣いに耳をすますことなく、本を送り出しているのではないか?」と問いかけている。さらに、「ひりつくような痛みとは、はるか遠い場所で、いつも安全な本作りをしている自分の姿を思い浮かべるたびに、吐き気をもよおしていたことは事実」と、自らを戒めている。「もう一度ゼロに戻したい」「ひとつ間違えば、地獄へ行く薄氷を踏んでみたい」 「今の自分に否定形のNOを言い続ける」と、相当の覚悟で臨んだことがわかる。
 人並みはずれて感情の振幅が激しいと自己分析する見城さんは、「自分が感動したものは、みんなも感動するはず」という信念がある。「編集は感動だ!」も口癖になっている。
 「編集とは精神の格闘技」ともいう。その人の隠し持っているものをあらわにする。触れられたくないものを引き出す。編集者として、まさに体当たり、心当たりというか、一人一人の作家たちと、「内臓をこすり合わせるような」関係を作っていく。そのためには、相手のことを知り尽くし、自分の弱みをさらけ出す。率直なもの言いをする。そうして、相手の心をわしづかみにする。

 
 表現者たちは、自意識と自己嫌悪、劣等感と優越感の中で揺れ動いている。見城さんは、そういう人間にたまらなく魅力を感じる。この男との出会いも、まさにそれだった。
 ある日、街角で、「シェリー」という曲が聞こえてきた。尾崎豊の歌声だった。このせつなさは何だろうと、彼の曲を聞き続けた。聞けば聞くほどせつなくなった。彼の思いを活字にしないと、生まれてきた意味がないとさえ思った。出版の依頼をしたら7社目だったが、なんとしてもという熱意が通じて、会うことが叶った。
 劣等感を抱き続けてきた見城さんは、屈託、負の感情がよくわかる。全体重をかけて、彼を刺激することばを吐き続けた。結果、尾崎さんの信頼を得て、『誰かのクラクション』出版にこぎつけた。

 心臓から届く手紙

 見城さんが、人の心をつかむ極意の一つに《手紙》がある。「心臓から伝わった思いが、指に乗り移り、文字となって、相手に届く」と言う。
 五木寛之さんに、はじめてアプローチしたときも、作品を読んでは、手紙を書き続けた。だが、的外れのものは書けない。指摘にうなづけるもの、心を打つものでなければならない。何度も何度も書き直した。ポストに投函するとさも、思いが通じるよう柏手を打った。それでもちゃんと投函したか不安になり、集配の人に確認したこともある。
 18通目でやっと返事のハガキが来た。嬉しくて小躍りした。25通日で、会ったときは、初対面の感覚はなかった。その後、五木さんは、幻冬舎の名付け親にもなってくれた。社名には、冬に耐えたあと、強い芽を出してほしいという願いが込められている。

 見城さんは、清水市の母校の子どもたちを前に、編集について公開授業をしたことがある。子どもたちの書いた作文を、子どもたち自身に議論させながら、編集して、さらに面白いものにしていくという授業だった。その授業のあと、見城さんが子どもたちに向けて書いた手紙がある。自分の人生は、これに尽さるとさえ言い切る。
 「心が連動すると、風が起こる。熱が出る。光が発生する。人は、それに引き寄せられる。それが君の魅力だ。君の存在感だ。運動しない心は、何も生み出さない。運動する心と心がぶつかり合ったとき、傷口が拡がる。返り血を浴びる。涙も出てくる。でも、そこからが本当の関係なんだ。そこからが、すべての始まりなんだ。君たちの心は運動したか?連動したら、わかるはずだ。やれば出来る。編集とは感動だ」
 見城さんの心は、いつも動いている。動いている人の心がわかる。だからこそ、人の心を動かすことも出来る。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)

イネ・セイミ

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  フルート
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