海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 すぐに鍵盤に指をおろさない。じっと息を整えて、おもむろに弾きだす。まるで剣豪が、間合いをはかっているようにみえる。
 150センチ足らずの小柄な体で、大さなグランドピアノに向かう。時に鍵盤にかがみこむように、時に鍵盤をたたきつけるように、時に椅子から腰を浮かすように、ピアノにくらいつくような演奏は、迫力満点だ。並の集中力ではない。完全に曲の中に入り込んでいる。はじめて聴く曲でも、聴衆はぐいぐい引き込まれていく。
 弾き終わったあとも、決して必要以上に聴衆に媚を売らない。それどころか「どうだ!」といわんばかりの表情を見せる。「演奏がすべて」と物語っているようだ。揺るぎない自信、鋭敏な感性、飾らぬ性格、一つとて非の打ち所がない。
 ふつうなら、それだけ揃えば恐れ入るだけだが、彼女は、その上で爽快感を漂わせている不思議な人だ。だから、威風堂々とした彼女の演奏をまた聞きに行きたくなる。

 チャイコフスキーのアドバイス

 2002年6月、上原彩子さんは、チャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門で優勝した。女性として、日本人として初の快挙を成し遂げた。
 上原さんのスタートラインは、幼児音楽教室だった。3歳から通い始め、そこで、楽器や歌の楽しさに触れた。1980年香川県高松生まれ。小学校の1年生からは、岐阜の各務原に住んでいた。小学校4年生からは、たった一人で新幹線に乗り、岐阜から東京に通いレッスンを受けていた。譜面通りに弾けないというより、自分のイメージした音がうまく出ないといっては、悔し涙を流した。アイドルやゲームに熱中することもなかった。わき目もふらず、やめたいと思ったことは一度もなかった。
 小学枚の卒業文集には、「ピアニストになりたい」とはっきり書いた。「いずれは世界一になりたい」という思いも抱いていた。チャイコフスキー国際コンクールも、当然、視野に入っていた。1992年、ドイツで開かれた15歳以下対象の国際コンクールで1位になったことも、大きな自信となった。

 チャイコフスキー国際コンクールは、数ある世界的鋭模のコンクールの中でも、最も権威のあるものといわれている。しかし、1998年のコンクールでは、予選落ちした。
 「緊張する舞台で弾くことで、自分の悪いところがわかった」と収穫を得た。自分の耳で自分の演奏を聞いて、これでは落ちて当然と思った。一心不乱に弾いているようで、もう一人の自分が審査員のように冷静に聞いている。これでなくては、一流になれないのかと私は唖然とした。
 そしてその4年後の2002年、再度、チャイコフスキー国際コンクールに挑戦する。「大きなピアノを弾きこなすのは、体格で男性に劣る女性には不利」という声もある中、女性の繊細な感覚を、鍵盤上に表現していけば、大差はないはずと臨んだ。そして、女性で初めて、日本人でも初めてという栄冠を手にした。
 コンクールが開かれたロシアの作曲家、チャイコフスキーが好きだ。心に強く訴えかけるものがある。曲のスケールも大きく、懐が深い感じがする。彼が生きていた土地で弾くことは大きな喜びだった。
 「チャイコフスキーが、上原さんの演奏を聞いたら、こんな小柄な人が、どうしてこんな力強い演奏が出来るのか不思議に思うだろう」という人がいた。
 それを、かたわらで聞いていた彼女は、「もし、チャイコフスキーに開いてもらえたら、アドバイスしてもらえたのに…」と答え、回りの人の笑いを誘った。計算づくでないユーモアも持ち合わせている。

 ふふふ

 作曲家の意図を汲み取り、それをどう表現するか、演奏をするためには、ピアノに向かうだけでなく、曲が生み出された背景や、作曲家の生きた時代や文化などを調べる。本を読んだり、ゆかりの地の博物館を訪ねたりする。その課程で、自分のイメージを作り上げていく。とにかく努力を怠らない。
 受賞後も、パリで一人暮らししながら、一日6時間の練習に励む毎日だ。むろん、コンサートのオファーは引きも切らない。
 コンクール後の自分が変わってきたという実感がある。それまでは、ただただ勉強という思いだった。受賞後は、勉強は一生しなけばというのはあたりまえだが、「聴衆を暖かく包み込むような演奏をしたい」という思いが強まった。学生気分からは抜け出した。
 「これから先、どこへ行っても、コンクール優勝者と言われるだろうが、それは嬉しいプレッシャー」と言い放つ。周囲の期待がどんなに高まろうと、自分を見失わない。自分を信じきっているから、聴衆をくぎづけにする演奏が出来るのだろう。
 「芸術表現は、年齢とともに深まっていくもの。自分の体から出てくるものが、ピアノを通して聴衆に伝わっていくと思う。テクニックだけでなく、生き生きと演奏したい」

 話の終わりに、よく「ふふふ」と照れ笑いをする。そのとき二十三歳の素顔がかいま見える。
 上原さんには、本番前に、必ず行う儀式がある。エネルギーを貯えるために、バナナを食べるのだ。その話に触れたとさも、「ふふふ」が出た。ステージで見せる表情とは別人のようだった。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)

イネ・セイミ

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