海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 この人の奏でる音は、どうしてこんなに、人の心に染み入ってくるのだろう。人の気持ちを採さぶるものがあるのだろう。熱いものがこみあげてくる。しっとりとした優しい感情に包まれる。
 もともとヴァイオリンの音色は大好きだが、ジョン・チャヌさんの音色は、他の人のものとは明らかに違う。自分の在り方を問い続ける姿勢が、どこか哀愁を帯びた音色にも表れているのだろう。
 チャヌさんの奏でる曲で、私が最も好きなのは、『イムジン河』だ。38度線を挟んで、北から南に流れるイムジン河。動物や鳥たちは、自由に行き来出来るが、人間は、まだ行き来がかなわない。離散家族は、いまだ一千万人いるといわれる。チャヌさん自身も、いつかこの河を越えられる日が来ることを思いながら、演奏している。

 アイデンティティ探し
 在日韓国人2世のヴァイオリニスト、ジョン・チャヌさんは、若くして、東京交響楽団、KBS交響楽団と、日韓両国の楽団でコンサートマスターをつとめ、現在は、ソリストとして、世界各地で活躍している。
 チャヌさんは、1950年8月、おりしも朝鮮戦争の最中、岡山県に生まれた。母は、戦況に一喜一憂しながら出産したという。
 ヴァイオリンを習い始めたのは5歳からだ。差別を受けないためには、手に職が必要という両親の意向で始めた。ヴァイオリンの練習は、すんなりと励んでいたが、チャヌさんには、どうしても違和感が拭えないことがあった。中学卒業までは、日本名で通していたことだ。「自分のアイデンティティを裏切っている感じ」がつきまとっていた。
 高校生になって、韓国名に改めた。日本名を捨てるにあたっては、かなり葛藤もあった。幼い頃から「自分とは何か」「民族とは何か」と問い続けていたチャヌさんは、「芸術は、人の理想や夢、喜怒哀楽といった精神的なものを表現するものなのに、自分を偽っていたら話にならない」と思うに至った。
 技術的な向上だけでなく、精袖的な追求をしながら、これを機に、音楽活動を本格的にやっていこうと決意したのであった。

 日韓の懸け橋
 大学1年生のとき、パリ国立音楽院に留学する。そこで、自分が在日韓国人ということを再認識させられる。パリで出会った韓国人と話そうにも、韓国語がわからず、フランス語で会話する自分が中途半端に思えてきたのだ。
 パリ国立音楽院を首席で卒業して、パリで演奏活動をしていたチャヌさんに、韓国から声がかかった。当時の韓国国立交響楽団(KBSの前身)のコンサートマスターに迎えられたのだ。自分の民族を知りたいと思っていたチャヌさんにとって、願ってもないことだった。1977年、27歳のときのことだ。
 その後、一時、東京交響楽団のコンサートマスターに就任するが、再び、韓国KBS交響楽団のコンサートマスターに戻り、韓国に永住を決意する。1988年には、延世大学の教授にもなり、安定した地位と生活を手にした。
 しかし、ものごとに対する感じ方考え方でギャップを感じることが、しだいに増えていった。韓国の血が流れているから、すぐ分かりあえると思っていたのに、なぜなのか、このままでいいのかと、自問自答を繰り返した。結果、自分のアイデンティティは、日本にあると思いあたった。

 そして、音楽家としての生き方を再度、見つめ直そうと、日本に戻ることを決意した。この決断には、西暦2000年、50歳という節目も大きく作用した。日本と韓国、南と北の懸け橋になるには「在日」がいちばんと考えた。

 日本に戻ってしばらくして、在日韓国人二世のジョン・チャヌさんにとって、深い意味を持つ出来事が起きた。
 2001年1月、JR新大久保駅で、韓国人留学生と日本人カメラマンが、ホームから転落した人を救おうとして亡くなったのだ。この事故には、大さな衝撃を受けたが、自分たちを縛り付けている≪民族≫という枠組みの無意味さを教えてもらえた。
 音楽は垣根を作らない。国や民族を越えて、友好の輪を広げる一翼を担いたいと改めて思った。事故直後、矢も盾もたまらなくなったチャヌさんは、新大久保の駅頭で、ヴァイオリンを奏でた。そして、その後も、いのちの響き合いをテーマに追悼コンサートを続けている。

 チャヌさんは、よく、二つの音を合わせ持っていると言われる。日本で演奏すると、「大陸的で大胆」と言われ、韓国で演奏すると、「とても繊細」と言われることがある。繊細な日本的なものと、大胆で韓国的なものを合わせたものを持っているということだろう。チャヌさんは自身は、「自分は二世だからハーフというのではなく、ダブルという気持ちを持っている」という。
 そしてチャヌさんは、改めて思う。「音楽の力はすごい!」と。「心を揺さぶって、人が持っている殻や枠をも取り払ってくれる」と。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)

イネ・セイミ

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