海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 とにかく早口だ。私の問いかけが終わらないうちに、速射砲のごとく、口角泡を飛ばすごとく、ことばがポンポン飛び出してくる。実に小気味いテンポだ。「人がやらないことをやれば人生は面白くなる」とエネルギッシュに語る。
 評論家の吉武輝子さんが、松尾さんのことをうまく評している。「潔い足取りでの登場は、この指揮者の強烈な個性となっている。背筋を伸ばして、タクトを振ったその瞬間に、場内に澱んでいた風を、爽やかで高貴な匂いに変えてしまう不思議な力がある。切れのよさ、おおらかさ、華やかさ、たまらない大胆さがある」
 指揮者・松尾葉子さんは、その存在そのものが、人を元気にしてくれる。

 松尾さんは、1982年、フランスのブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した。このとき、松尾さんは、世界に通用する指揮者として認められた。以来、指揮棒一本で、世界中のオーケストラとわたりあってきた。
 指揮者は、フランス語では、シェフという。頭、棟梁、指導者といった意味だ。「指揮者は、現場監督みたいなもの。様々な性格や技量のオーケストラメンバーの心を、一瞬にしてつかむことが出来るかが問われる。料理長も、別々に作った料理を同時に食卓に並べられるようにするのが、腕の見せどころでしょ」と松尾さんは言う。同時に複数のことを考え、一つ先、二つ先のことを考えている。指揮者とは、まさに≪しきる≫仕事なのだ。

指揮者への道
 松尾さんは、1953(昭和28年)愛知県生まれ。4歳からピアノを習っていた。
 小さいころは、泣き虫で、いじめられっ子だった。家の中では、とても活発でひょうきんなのに、外では、自分の意見が言えないおとなしい子だった。それが、小学校に進むと、学級委員を引き受け、お山の大将と化した。高校では、掃除をさぼる男子を、追いかけ回して掃除させていた。男子学生から「親分」と呼ばれていた姉御肌だった。
 やがて、お茶の水女子大教育学部音楽科に進む。ずっとピアニストを目指していたが、学園祭でオペラを指揮した経験が、指揮者への道を教えてくれる。一人でピアノに向かっているのに比べて、一人一人に音の注文を出すのが面白かったのだ。
 このころミッシェル・ポルナレフとの出会いもあった。妹が借りてきたレコードで、フランス映画『哀しみの終わるとき』の主題歌を聞いた。何げなく聞いていたが、体がゾクゾクしてきた。この出会いが、フランス音楽への道を教えてくれる。フランスに留学したいという気持ちが湧いてきた。彼との出会いがなかったら、ブザンソンもなかったかもしれない。
 お茶の水女子大卒業後、指揮の勉強を積むため、東京芸大の指揮科に入り直す。そして念願のパリ留学。多くの外国人留学生に囲まれたパリで得たものは、不器用に指揮することだった。「格好より、自分の表現したいものを伝える。誰一人として同じ形ではないし、それぞれの良さがあるんだ」と感じた。海外では、女性だろうと外国人だろうと、良いものは良いと、きちんと評価してくれる。
 ブザンソン国際コンクールに臨むにあたっては、どうしても優勝したいと思っていた。優勝は、女性としては史上初。日本人としては、小沢征爾さんについで二人目の快挙だった。ことばが堪能でない分、フランス音楽を伝えたいという思いの深さと強さが、快挙に結びついた。
 松尾さんは、最近、能や文楽とオーケストラが一緒に、一つの舞台を作り上げる企画をプロデュースするなど、多くの人に音楽を楽しんでもらえるアイデアを、次々と考え出している。

 ≪文楽様式による『異説・カルメン情話』≫。スペインの自由奔放なカルメンの世界と、江戸の近松門左衛門の世界を融合させる試みだ。オーケストラをコンサートと同じように舞台に配置し、その後方に、人形浄瑠璃のための舞台をしつらえた。オペラ歌手が、和服を着た人形になりきって人形の動きで歌う。歌は、ビゼーの作曲したものをフランス語で、本来せりふのところは、義太夫・三味線でという役割分担だ。
 名古屋能楽堂で、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』を、茂山千之丞さん演出で、能衣装をまとったオペラ歌手がすり足で登場という舞台を企画したこともある。この時、松尾さんは、着物にたすきがけで指揮した。
 こうした企画には、日本の伝統文化を生かして、外国に発信出来るものを手掛けたいという強い思いがある。

なんでも思い方ひとつ
 1995年3月、右肩脱きゅうという大怪我をする。生まれて初めての大怪我だった。6週間、右手が動かせず、左手だけの生活を送ることになった。ワイン好きの松尾さんは、右手でワインの栓抜きが出来なくなった。このとき、瓶を回せば栓は開くと気づいた。この怪我のおかげで、どんなことにもくじけなくなった。発想の転換をすればいいと気づくと、指揮者でいられないなら死んだほうがましだと思っていた執着が消えた。
 そうして、指揮者の枠にはまらない活動が始まる。能や文楽とオーケストラが一緒になって舞台を作り上げる企画をプロデュース。市民参加のオペラ。
 練馬交響楽団、芦屋交響楽団といった市民オケとの付さ合いも大切にしている。名古屋で、20〜70代の女性たちを集めた女声合唱団かきつばたも主宰している。愉快に音楽を楽しむ仲間たちがあちこちにいる。
 松尾さんは、雨女だ。コンサートの日に、ほとんど晴れたためしがない。それどころか、激しい雷雨、吹雪、台風と、なまやさしいものではない。
 けれど、松尾さんはこう受け止める。「私は弱点とは思っていない。強運だと思っている。大雨は私の応援団。必ずいいことがある」と思っている。
 松尾さんの出身地・愛知県は、伊勢湾台風で大きな被害を受けた。悪天候に見舞われるたびに、松尾さんは、伊勢湾台風で亡くなった人が応援をしてくれていると思っている。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)

イネ・セイミ

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  フルート
  ピアノ
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