海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 歌手、エッセイスト、教育学博士、大学教授、日本ユニセフ協会大便、ボランティア活動家、そして3人の男の子の母親に妻…まだあげればありそうだが…とにかく活動範囲の広い人だ。だが、愛らしい風貌は、昔のまま。ほんとうに来年で五十歳なのかと疑いたくなる。「赤ちゃんが大好きだから、早く孫に囲まれたい。年をとるのが楽しみ」と本人は涼しい顔をしている。その人の名は、アグネスチャン!

 ボランティアが変えた

 1955(昭和30年香港生まれ。
 子どもの頃は、自分のことばかり考えていた。6人兄弟の4番目で、特に、姉二人と比べられてばかりいた。「上の姉は顔が優秀、下の姉は成績が優秀で、かなわなかった」だから、何か物足りない。自分だけがかわいそうと思っていた。消極的で、内気で、照れ屋だった。
 だが、中1のとき、その性格を変える大切な出会いがあった。体の不自由な子どもたちの施設でのボランティア活動をした。少女院の女の子の話し相手もした。難民の子たちの懸命に生きる姿も見た。いろんな人々がいろんな境遇の中で懸命に生きていることを教えられた。恵まれた環境にいたのに、不平不満ばかりだった自分を省みた。
 「自分のことばかり考えていたから、エネルギーの出口が見つからなかったんだ」
 ボランティア活動のおかげで、エネルギーの出口が見つかり発散出来るようになった。アグネスいわく≪出口が見つかる魔法≫自分のことを我慢して、周りのことを考えてみると、自分の立場が見えてきて、出来ること出来ないことがわかる。とりあえず、出来ることをやってみると出口が見つかる。

 1971年、チャリティーコンサートで歌っているところをスカウトされて、たちまちスターとなった。翌年、≪香港からきた妖精≫として、日本でデビューを果たす。そして「ひなげしの花」の大ヒット。日本のアイドルの仲間入りをする。
 日本での芸能活動も順調で、スター術道を走っている最中、1976年、突然、引退を発表し、周囲を唖然とさせた。カナダ・トロント大学へ留学を勧めたのは父だった。「このまま芸能界にいたら、自分の価値がわからなくなる。頭でっかちになってはいけないから、誰も知らないところに行って、頭を冷やしておいで」「2、3年休むだけで、カムバック出来ないと思っているのだったら、もともと本物でないということだ」父のことばが、逡巡していたアグネスの背中を押した。

 トロント大学では、児童心理学の勉強をした。何でも自分のことは自分でするようになった。人は、互いに迷惑をかけて、それを許して思いやることが出来ることに気づく。感謝の気持ちを覚えたことがいちばんの収穫だった。日本語の「おかげさまで」ということばが身に染みた。
 父から受けた影響は大きい。自分を主張しない無欲の人だった。人を思いやる気持ちの強い人だった。しかし、アグネスの大切な父は、卒業前に亡くなった。父の死に接して、「人生、一寸先はどうなるかわからない。卒業後、再び芸能界に戻る道を選ぶが、もうひとつの人生の大きな柱として、ボランティア活動をやっていきたい」と決意した。

 アグネスにとって、人生の節目は、いつくもあったが、1985年ほど忘れられない年はない。
 4月、北京でチャリティーコンサートを催した。あわせて6万人の大観衆を前に、子どもたちと「幸せなら手をたたこう」を合唱して、感動の涙を流した。
 6月には、アフリカの難民キャンプを訪問した。飢えの中でも、強さ、やさしさ、明るさを失わない子どもたちと出会った。与えられたいのちとどう向き合えばいいのか深く考えさせられた。「愛情だけでは救えない。思っているだけでもだめ。行動しないとだめ」と悟った。
 そして、12月には結婚式をあげた。翌年には、長男を授かり、平和への願いを込めて和平と名づけた。その後、生まれた次男の昇平くんの名には、日が昇るようにみんなに平和を、三男の協平くんの名には、力を合わせて平和をという思いが込められている。

 ユニセフ大使として

 折に触れてのボランティア活動の成果の一つとして、1998年、日本ユニセフ協会の大使に就任した。ユニセフ(国連児童基金)は、世界の子どもたちが、平和のもと、健康に暮らせることを目的に活動する機関だ。子どもの≪生きる権利≫≪奥育つ権利≫≪守られる権利≫≪参加する権利≫が守られるよう、様々な形で働きかけをしている。
 毎年、1100万人の子どもたちが5歳になる前に死んでいく。大人が始める戦争で、子どもたちが犠牲になる。この10年で、200万人が戦争の犠牲になった。1億5000万人が栄養不良にあえいでいる。学校に通えない子は、1億2000万人。2億5000万人が強制労働させられている。ユニセフ大便として、アグネスチャンは、そんな弱い立場の子どもたちの声の代弁者になりたいと考えている。

 ユニセフ大使として、世界各地を視察してきた。スーダン・東西のティモール、フィリピン、去年はイラクに赴いた。つい先日は、東欧のモルドバ共和国に視察に出掛けた。モルドバ共和国は、ウクライナとルーマニアに挟まれた国で、九州より一回り小さい。
 人口およそ430万人。一人当たりの国民総生産460ドル。人口の6割が、貧困層で、失業率が高く、おのずと出稼ぎが増える。深刻な問題は、人身売買にあう子どもが後を絶たないことだ。「外国に行けばいい仕事がある」とだまされて、性的な仕事につかされたり、臓器提供をさせられたり、強制労働につかされたりしている。人身売買の波は、アジア、南米、アフリカ、そしていま東ヨーロッパに押し寄せている。それまで闊達に話していたアグネスは、顔を曇らせた。

 アグネスチャンは「自分の人生や、自分の命は、自分だけのものではない」と思っている。「人は生まれながらにして、心の中に愛の種を持っている。その種を誰かの心にまいたとき、その人の心の中で種が育ち花が咲く。琳ずかしがらずに、種をまけばいい」と、まわりの人に呼びかける。
 「人間の私欲が消えない限り、戦争もなくならない。ただし可能性も消えない。希望も消えない。自分に出来ることから、足元の平和を守っていきましょうよ」
 そう締めくくつたとき、アグネスの曇った表情は消え、あ乾けない天真爛漫の表情に戻った。

■村上信夫プロフィール
1953年、京都生まれ
明治学院大学卒業後、1977年 、NHK入局。富山・山口・名古屋・東京・大阪に勤務。
2001年6月より東京ラジオセンター勤務。「きょうも元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)担当。
これまで「おはよう日本」「ニュース7」「BS将棋中継」などを担当。
名古屋時代、「お母さんの勉強室」「育児カレンダー」を担当。以来、教育や育児に関する問題に関心を寄せている。
父親たちの社会活動グループ「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋、ピアノ。
「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画とは
「日本画の一つ、俳味のある酒脱な略筆の淡彩もしくは墨絵で賛などしたものが多い」
(広辞苑)

イネ・セイミ

 堀江実のポエムコンサートをCDでお届けします。

  詩と朗読
  フルート
  ピアノ
  構 成

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