海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

森のイスキア
 青森県弘前市のシンボル岩木山の麓の森に、《森のイスキア》と呼ばれる場所がある。森の中に佇む山小屋風の建物だ。ここには、心が疲れた人や生きる術を見失った人達が、全国から毎日のように訪れる。
 《森のイスキア》とは風変わりな名前だ。イタリアにイスキア島というところがある。偶然にも弘前とほとんど同じ緯度だそうだ。ここには一つの逸話が残っている。生きる気力を失ったナポリの大富豪の一人息子が、イスキア島にこもっているうちに、美しい自然に囲まれて暮らしているうちに、気力を取り戻し、再び社会で活躍したという話だ。その逸話にちなんで名付けられた。

 《森のイスキア》を思い詰めた表情で訪れた人も、帰るころには明るい表情で帰って行く。その表情を変えてしまう魔法が、ここの主、佐藤初女(はつめ)さんの作るおむすびなのだ。初女さんは、おむすびで多くの人の心を支えている。
 青森県弘前市で森のイスキアを主宰する佐藤初女さんは、84歳。とにかく元気。肌は透き通るように白く、思わず見とれてしまう。全国各地に講演で呼ばれるが、どこでも一人で出掛けていく。

魔法のおむすび
 「私には何もないが、心はある。心くばりなら出来る」そう言いながら、初女さんは、せっせと、おむすびを作る。彼女にとって、おむすび作りは、心くばりなのだ。
 人の気持ちを変えてしまう初女さんの魔法のおむすびの作り方。
 まず、お米を丁寧に洗う。手のひらと手のひらの間に、お米を挟んで擦り合わせて洗う。目と指の感覚で水加減をして、お米に水を含ませる。そして炊飯。
 ご飯が炊き上がると、空気を含ませるように、しゃもじを立てて切るようにしてご飯をほぐす。ご飯をお椀に丁寧によそう。それをまた板に乗せて、熱と水分を取る。ご飯の真ん中に自家製の梅干しを置く。手に塩をまぶして、お米の粒が、呼吸出来るくらいの力具合で握る。真ん中に、まるでおむすびのへそのようなくぼみを入れる。これを初女さんは、「たなごころ(手の心)」と言う。
 最後に、ご飯が見えないくらいに、おむすび一面に海苔を貼る。暖かさを閉じ込めるように、おまじないのように最後にキュ。これで出来上がり。

 イスキアには、大きな丸いちゃぶ台が置かれている。20人はゆったり座れる。ちゃぶ台囲んで、同じものを一緒に食べると、心が通じ合える。「食べることは、人の心が最もよく伝わる表現だ」そう初女さんは考えている。
 おいしいものを食べてもらって、心を込めておむすびを作って、初女さんは、訪れた人の話を聞いているだけだ。「私にとって支えるとは共にいること。その人が自分で答えを見つけるお手伝いをするのが私の役目。“そうだね”“大変だったね”その人の立場で、共に喜び、共に悲しむ」そうしていれば、みんな自分の力で変わっていく。癒しとは、他人によってではなく、自分の気づきで起こるものだ。
 いろんな思いを抱いた人が、初女さんのもとを訪れる。
 摂食障害の女の子がやってきた。みんなに「食べなきゃだめ」と言われ続け辟易としていた。初女さんは、「無理して食べなくていいよ」とだけ言った。
 そうしていつものようにおむすびを作り始めた。傍らで様子を見ていた少女は、ためらいがちに手伝い始めた。出来上がったおむすびを「コンビニのとはまるで違う」と言ってペロリとたいらげた。少女は、誰が作ったかわからないものは食べられなかったのだ。食べるということは信頼の証しでもある。
 会社を辞めたことを家族に言い出せない男性が、イスキアのことが書かれた新聞の切り抜きを持って、突然訪れた。初女さんは、名前も聞かずに、一夜の宿を提供した。「記事を読んで、母が作ってくれた遠足のおむすびのおいしさを思い出した」と男性は語った。会社を辞めたことで自己否定をしていることを打ち明けた。翌朝、帰る男性に、初女さんはだまって、おむすびを手渡した。男性は、電車の中で食べて、そしてむせび泣いた。母のおむすびの味を思い出した男性は、きっと家族に素直な自分の気持ちを話すことが出来たに違いない。
 ほかにも、ここに来たことで、気持ちを切り替えた人が多くいる。不登校だったが、学校に行くようになった子。自殺を思い止まった人。嫌だった神官の後継ぎをすることにした人。介添え無しで一人で食べて「おいしい、おいしい」と言った認知症のお年寄り…。

 なぜ、おむすびに、こんな力があるのだろうか。
 「人の気持ちを支えるのに《食べる》ことは大切なこと」だと初女さんは言う。「心が詰まっていると食べられない。あるがままの自分を受け入れてもらっていると実感出来たら食べることが出来る」
 「おいしい!」と思った瞬間、表情が変わる。心の扉が開く。おむすびは、文字通り、人と人の縁を結ぶ存在なのだ。

いのちの移し替え
 初女さんは、いのちを生かすには、どういう調理をすればいいかと、いつもそればかり考えている。収穫の時も、調理の時も、食材に話しかけている。
 初女さんは、「私はいのちの移し替えをしている」と話してくれた。《いのちの移し替え》なんて素敵な言葉だろう。
 初女さんが調理をするとき、意識を集中させて、食材のいのちと心を通わせる。野菜をゆでていると、茎が透き通る瞬間がある。それを確認したらすぐ、火を止める。野菜のいのちが、私たちのいのちと一つになるため生まれ変わる瞬間なのだ。そうすることによって、体のすみずみまで血が通う料理が出来る。
 食べると元気になることを実感するが、これを初女さんは、《穀力(こくぢから)》と呼ぶ。穀物、食物から大地のエネルギーを与えてもらえるから元気になるのだ。いのちを移し替えてもらっているのだ。初女さんが元気なのも、素直な気持ちで、穀力を受け入れているからにほかならない。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

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1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

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