海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 4月。新学期。希望に胸膨らませている子どもたちも多いことだろう。みんな入学したときは、ピカピカの気持ちなのに、時間が経つに連れ、学校が疎ましい存在になっていくのは、なぜだろう。でも、こんな先生に巡り会っていれば、学校が楽しい存在になるだろうと思う。
 その人は、夜間中学で30年、教鞭をとってきた松崎運之助(みちのすけ)さん。松崎さんは、山田洋次監督の映画『学校』のモデルになった人でもあ
る。
 2年前に定年退職して、教育現場の第一線を退いたが、その後も、東奔西走の毎日だ。全国を講演行脚している。

母と過ごした時間
 松崎さんを語るにおいて、欠かせないのは彼の母親のことだ。大正9年、佐賀県に生まれた母の名は、ヤエという。
 松崎さんは、母に叱られた経験がない。母は、ぐちも言わなかった。辛く当たったこともなかった。勉強しなさい、出世しなさいも言わなかった。ただ「人それぞれに自分の花を咲かせればよい」と。
 いつも誕生日になると、正座させられて、生まれたいきさつを聞かされた。松崎さんは、昭和20年11月、日本への引き揚げを待つ大混乱のさなか、旧・満州で生まれた。松崎さんが生まれる直前、栄養失調で兄が1歳の誕生日を待たずに死亡した。
 まさに母は、命がけで産んでくれたのだ。誕生日は母に感謝する日なのだ。「おまえの命のうしろには、無念な思いで死んでいったたくさんの命がつながっとるとよ」
 松崎さんが生まれた後も、二人の弟が亡くなり、母は、あわせて3人の子を亡くしている。「自分の子を亡くすことが、どげん、悲しかことか」母は、何度も口にしていた。

 母は、日雇い仕事しながら、子どもを育てた。小学校3年の頃、長崎の繁華街を流れるどぶ川沿いのバラック小屋に住んでいた。
 松崎さんは、母が帰ってくるまでの時間、弟妹の相手をしていた。「大好きな母の役にたちたい。母に喜んでもらいたい」一心だった。母が帰るのを待ち切れず、外に迎えに出た。母の姿を見つけると、3人の子どもたちは、まとわりつくようにして、母に一日の出来事を「祭りのように賑やかに」話すのだった。その時間が何よりの楽しみだった。
 母の口癖は、「明日は明日の風が吹く」。貧乏でも、気持ちは透き通っていた。


 40歳の誕生日に、母から3冊の大学ノートをもらった。母にもらった唯一のプレゼントだ。そのノートには、細かく小さな文字で、母の生い立ち、満州での生活、引き揚げ体験、離婚のことなどがぎっしり書かれていた。小学校も満足に通っていない母だが、バラック小屋の中で、パールバックの「大地」、マーガレットミッチェルの「風とともに去りぬ」といった愛読書を繰り返し読んでいた。だから、自分の人生を文章にまとめ、子に託すことを厭わなかったのだろう。
 母は、1998年1月9日に亡くなった。77歳だった。
 死後、遺品を整理していたら、押し入れからスケッチブックがたくさんでてきた。そこには、色鉛筆で彩色した花や木や風景や人物が描かれていた。70近くになってから、色鉛筆講習を受けて、密やかな趣味にしていたのだ。母は、苛酷な体験、時代の制約の中でも、自分を大切に生きようとしてきた人だった。人生を振り返るノートも、色鉛筆画も、その証しだった。
 「母からの最大のお贈り物は、私自身と、母とともに過ごした時間だ」松崎さんは、振り返る。

学校で過ごした時間
 松崎さんは、中学を卒業すると、長崎の造船所に就職し、働きながら、夜間高校に通った。長崎に、4年制の夜間大学がなかったので、上京して町工場で働きながら夜間大学に学んだ。教育実習で行ったのが夜間中学だった。そこで学ぶ人たちとの出会いから、自分が教鞭をとるなら、夜間中学だと確信して、率先して、夜間中学への配属を希望した。
 夜間中学は、生徒の現実に学校が合わせている。4月の新学期に一斉に新たに決心して、同時に意欲を持とうなんて無理な話だ。「勉強したくなったとき」「決心したとき」に学校に入れることを最優先させる。松崎さんは、「来てもらえるだけで嬉しい」と言う。
 松崎さんは、30年間、夜間中学では、先生ではなく、生徒をしていたようなものだと笑う。「夜間中学に入ってくる生徒の国籍や年齢や入学時期は、一切問わない。いろんな境遇の生徒たちから、人間として本当に大切なものを教えてもらった。年齢が違う、ものの見方考え方が違う。違うから楽しい」

 ある時、「夕日」という詩を教材に、素敵な詩を朗読し分析して、いい授業が出来たと、自画自賛、感激していたら、生徒は窓の外の夕日を見て、一人一人の感慨にひたっていた。
 しかし、そこで松崎さんは思い直した。「みんながそれぞれ自分の夕日を持っている。それぞれの感動を自然に引き出せた授業は、結果としていい授業になったのではないか」
 この体験を通して、「ぼぉーとして、夕日に見とれる授業があってもいい。見えるものばかりではなく、思いを深める、心を通じ合わせることが大切だ」そう認識させられた。生徒一人一人が、時に応じて、話題に応じて「先生」になる。それが夜間中学というところだ。

 夜間中学の生徒たちは、文字への思いが深い。だから授業は、単なる文字の学習にはならない。彼らが生きて来た道筋に思いを馳せる場となる。想像力も表現力も豊かな人達ばかりだ。
 「母」という字を巡って、生徒の間でこんな会話があったそうだ。「俺には、母という字の中の点々が涙に見えるよ」と、苦労の多かった母の思い出話を始めた生徒がいた。そうかと思えば、「点々はおっぱいを表している」と説明すると、「そんなの表に出していいの?」とリアクションする生徒がいた。また、「父がハにバツだから、母はハに○にすればいいのに」と笑える珍答もあった。

 30年の経験から、「勉強は幸せになるためにするもの」でなければならないと松崎さんは思っている。「心を豊かにするための道具。心を耕すための道具だ」とも。
 よく「母校」と言うが、学校は母のような場所でなければならないと、松崎さんは考えている。「母のような優しいまなざしのもとで、安心して間違えたり、失敗したり出来るところであるべきだ。試行錯誤しながら、学校で豊かな感性を培えた人たちは、学校が懐かしい。そんな彼らにとっては、母なる学校、母校なのだ」
 自分が自分でいられる時間があるのは、幸せなことだ。松崎さんには、母と過ごした幸せな時間、夜間中学で過ごした幸せな時間がある。そして、松崎さんと関わった人たちにも、幸せな時間が流れている。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

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