海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

伝統を受け継ぐ家

 正月らしさが年々、失われていく。凧揚げも羽根突きも見かけなくなった。おせちはコンビニで調達する時代だ。お屠蘇を口に含み、年頭所感を述べ合う光景は、過去のものとなってしまうのだろうか。年中行事は、日本人の感性を育んできた。そんな古式ゆかしい行事を、頑なに守り伝えている家がある。
 京都の冷泉家は、『百人一首』で知られる藤原定家を祖先に持つ「和歌の家」で、八百年の歴史がある。京都市上京区にある冷泉家住宅は、現存する最古の公家住宅として、重要文化財に指定されている。

 冷泉家には、様々な有形文化財と無形の文化財がある。『有形』とは、藤原俊成や定家の古文書など、その数2万とも5万とも言われる。このうち国宝が5件、重要文化財が47件ある。『無形』とは、数多くの儀式や年中行事。行事の度に、平安時代さながらの装束で、行事をこなしていく。

40にして人生大転換
 京都・冷泉家二十五代当主の冷泉為人さんには、文化財の保存維持、公開、研究を進めるという課せられた役割がある。お顔も身体も、おおらかな雰囲気で、いかにもお公家さんといった風情なのだが、全く門外漢の世界から、格式高い世界に飛び込んだのだ。
 冷泉家の長女・貴実子さんに見初められて結婚し、婿養子として入ったのだ。為人さんの言葉を借りれば「からめとられた」そうな。「これまでにも、冷泉家は、度々、養子を入れて代を継ぐことがあったが、私のように、いわば『平民』が入ったのは初めてのこと。晴天の霹靂(へきれき)の出来事」。
 兵庫県稲美町の出身。「地方の田舎者。実家は青果店。結婚してからも、なかなか馴染めず、幾度も逃げ出そうと思ったが、友人たちに『やっぱり』と笑われるのがくやしくて、頑張った」。
 友人の紹介で、冷泉家のお姫様と食事をというので、「語り草」にと、軽い思いで会った。不釣合いだと思っていた。だが、そのお姫様から幾度も誘いを受け、「詰め将棋のようにじわじわと…」詰め寄られ、陥落した。長男で跡継ぎ、自分の家のこともあり、両親の反対もあった。しかし、母が、「日本の文化を守りに行きなさい」と言ってくれた。最初の出会いから5年間悩み続け、ついに結婚した。1984年のことだ。

 あまりの環境変化に体がついていけず、結婚後初めての正月は、京大病院に入院して、大手術をするはめになった。一過性虚血発作。左右の頚動脈が細くなり、バイパス手術をした。一命は取り留めたものの、友人からは、田舎者が雅な公家の家に入り、「水が合わなかった」と皮肉られた。妻にも契約違反と言われ、以後、頭が上がらなくなった。

50を前に戸惑いが消えた
 冷泉家では、藤原俊成と定家は『神様』。歌聖と呼ばれる定家の古典籍が収められた冷泉家の蔵は、『御文庫』と呼ばれ、神のいる所といわれてきた。誰彼と入れない。原則として、当主しか入れない。当主は、毎朝、出かける時にお参りするのが慣わしになっている。
 冷泉家に婿入りした当初は、戸惑いや後悔の念が拭えなかった。そんな為人さんを変えた、ある出来事があった。結婚から9年目、49歳の時のことだ。
 一人、御文庫に入り、初めて、藤原俊成自筆の歌論集『古来風躰抄』を見た。すると、突然、身震いがして、髪の毛が逆立つほどの衝撃を受けた。息が止まった。俊成84歳の書を見てただただ「美しい!」と感じた。凛と力強く、品格があり、近寄りがたかった。
 「冷泉家とその文化をよろしく頼む」と言われているような気がした。『冷泉家の蔵番』になろうと思った。『日本文化の蔵番』になろうと決心した。自分にしか出来ない仕事、自分に与えられた仕事は、これだと思った。50歳を前にして、ようやく見つけた自分の道だった。

文化を伝える心構え
 冷泉家には、想像を絶するほどの年中行事がある。正月、歌会始、節分、桃の節句、端午の節句、小倉山会(定家の命日)、更衣、七夕(乞巧奠)、黄門影供(俊成の命日)、秋山会…。正月の行事は、12月13日に準備を始めるという「事始」がある。行事をこなしていると、一年が過ぎている。
 『乞巧奠(きっこうてん)』は、七月七日の節句を祭るものだ。古式に則り、祭壇の飾り付けや儀式の進行が行われる。男女が向かい合って和歌を詠みあう。和歌は、もともと、携帯メールのやり取りのように、気持ちをやり取りするものだった。
 『乞巧奠』のしつらえを見ると、皿が9つ並び、いろいろな供物が供えてあった。しかし、中に一皿だけ、空のものがある。「あの皿は、何?」と為人さんに聞くと、「私にも分らない」という答えが返ってきた。「私も、始めは、何故だと思った。空なのに置かれているのには深いわけがあるのではないか」と考えた。理屈でものを理解しようとしていた。妻に聞いたら、ただ一言「昔からしてます」。いちいち疑問を差し挟んでいては、様式や文化を伝えることは出来ない。
 型の文化、口伝文化とは、そういうものかもしれない。そりあえず型を伝え、あとは推し量ればいいのだと思う。現代では希薄になりつつあるが、察する、推し量るというのも日本文化の一つだ。
 冷泉家は、厳然と日本文化を伝えてきた。祖先が、書き残したものは厳然と存在し、色あせず、輝きを放っている。それを支えにして、目標にして行動することが極めて大事と考えるようになった。「人生は、有限で一度きり。覚悟せよ」と定家や俊成の声が聞こえる。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
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 問合せ:0563−32−0583

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