海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 俳優、藤本隆宏さんは、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』で、海軍中佐の広瀬武夫を演じ、一際鮮烈な印象を残した。
 藤本さんは、元オリンピックの水泳選手。ソウル・バルセロナと2つのオリンピックに出場、バルセロナオリンピックでは個人メドレーで8位入賞を果たした。そして一転、25歳で俳優の道へ。長い下積み時代を経て、広瀬中佐が、ようやく役者としての道を開いてくれた感がある。

人生の大転換

 1970年、福岡県生まれ。根っからの九州男児だ。謙虚な言葉使い、礼儀を心得た振舞い、真面目な人柄に、すっかり惚れ込んだ。
 水泳を始めたのは、6歳のとき。家から少し離れた田んぼの一角にビニールハウスで囲ったプールがあった。母は、プールに来て声援を飛ばすことはなかったが、食事に厳しくて、食べ残しを許さなかった。食べ終わるまで正座させられた。だから苦手な野菜も食べた。食べなければ水泳で強くなれないと思っていた。
 中学生で注目されて、個人メドレーの選手として鍛えられた。一日に2万メートル泳いだこともあった。とにかく、ひたすら泳いだ。
 1988年、日本選手権個人メドレーの200mと400mで優勝。17歳で日本男子競泳史上最年少でソウル五輪の出場権を獲得した。大学生になった1990年、北京アジア大会で、200mと400m個人メドレー優勝。そして2度目のオリンピックとなった1992年のバルセロナでは、400m個人メドレーで8位入賞を果たした。
 2回のオリンピックを経験したが、いろんな意味で悔しさが残った。アトランタを目指してオーストラリアに水泳留学をした。そこで人生の大転換が待っていた。初めて見たミュージカル『レ・ミゼラブル』に心が揺さぶられた。雷に打たれたようだった。
 1995年に帰国して、さっそく劇団四季のオーディションを受けた。代表の浅利慶太さんを前に「僕は努力の天才です。努力をさせたら誰にも負けません」と訴えたのが功を奏したのか、合格出来た。
 しかし、アトランタ五輪の選考からは、もれた。選考会の成績は、わずかに及ばず3位。母との電話では男泣きした。次の日からは、四季のトイレ掃除が待っていた。水泳の世界からは縁を切った。水泳に全身全霊かけていたから、代わるものがないと生きていけなかった。演劇にそれを求めた。

木原さんのおまじない

 俳優としてスタートしたものの、鳴かず飛ばずだった。最初の7年間は、ほとんどセリフがなかった。セリフがくるようになってからは、悪役か三枚目。体が資本のオリンピック選手だったのに、ダンスもできない。周りはみな年下ばかり。正直焦りもあったが、「4年間は石にかじりついても続けよう」と思っていた。オリンピック周期の4年に慣れているから、藤本さんの場合は、石の上にも4年なのだ。
 だが、オーディションはことごとく落とされた。苦しかった。悪いことは重なるもので、失恋もした。この時は3日3晩泣き続けるほど、落ち込んだ。
 そんなどん底のときに出会ったのが、元オリンピック水泳選手でタレント活動をしていた木原光知子さんだった。俳優になってからは、水泳選手だったことを公にしないようにしていたが、木原さんに「君を育ててくれたのは水泳でしょ。水泳を大事にして生きていきなさいよ」とハッパをかけられた。「オリンピック選手」と言われることに、かたくなに抵抗感を示していたが、木原さんに「実績を表に出さないのはおかしい」と言われ、名乗るようになった。自分の原点である水泳に立ち返ったとき、自信が蘇ってきた。木原さんの水泳教室での指導を始め、木原さんが急逝した今も続けている。
 木原さんは、よく色紙にこう書いた「よくなる よくなる どんどんよくなる これからよくなる ますますよくなる めちゃくちゃよくなる」自己暗示のように、今でもこの言葉を唱えている。そうしていると事態が好転しそうな気がしてくる。
  『坂の上の雲』に大抜擢された。木原さんはその1週間前に亡くなり、直接の報告は叶わなかったが、ようやく役者人生に展望が開けてきたのも「ミミさんが背中を押してくれたから」のように思う。
 広瀬武夫役に選ばれて最初は単純に嬉しかったが、人物像を知るにつれプレッシャーが増した。ロシア語を集中的に学び、台本に書かれた広瀬さんを演じることに集中した。
 ロシア人の恋人との共演もあったが、美人女優の顔に見とれている余裕などなかった。
 「日本代表として、ロシアの方々の中に入った気持ちだったので、とにかく自分の演技に必死だった」。だが、広瀬中佐を演じたことは、一生の宝になると思っている。
 自分の出演するところは正座して見ている。第二部のラストで広瀬中佐は亡くなったが、今年12月放送の第3部が終わるまでは、自分の中の広瀬中佐は終わらない。

かあちゃんの教え

 今年5月の母の日に、藤本さんは、初の朗読劇に挑んだ。作品は、重松清さん原作の「かあちゃん」。緊張の面持ちで臨んだ舞台で、朗読する脳裏には、母の美津子さんのことが思い浮かんでいたことに間違いはない。
 小さい頃、ほめられたことはほとんどなかった。水泳で賞をとってもほめられない。
 オリンピックに出場したときに初めて「よくやったね」と言われた。以来、4年おきに誉められている。2回のオリンピックと、四季で大きな役をもらったとき、そして『坂の上の雲』に抜擢されたときだ。
 18歳で福岡から上京するときには、「関門海峡を渡ったからには一旗あげるまでは絶対に帰ってきなさんな!」と言われた。今でも藤本さん自身は、一旗あげられていないと思っている。自分も厳しい母と同じような思考回路で生きてきた。「だからまだまだ。母にはまだ胸を張って見せられない…、努力あるのみ」。自分に厳しい姿は、広瀬中佐に重なる。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月1回 第2金曜日 午後1時〜
 会 費:1回 2,500円(4ヶ月分前納制)
 問合せ:0563−32−0583

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