海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 中小の町工場がひしめく東京・大田区。その一角に斬新な経営改革で業績を伸ばし続けている会社がある。「ダイヤ精機」は、自動車の製造ラインの金属部品の精密加工を担っている。諏訪貴子さんは、急逝した父の後を継ぎ、平成16(2004)年、社長になった。
 経営手腕が評価され、雑誌『日経WOMAN』の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー 2013 大賞」など、様々な賞を受賞し、マスコミに取り上げられることも多い。新聞で諏訪さんの記事を読んで、ぜひ一度お会いしたいと考えていた。写真のインパクトは大きい。諏訪さんの新聞記事を見たとき、この人に会いたいと直感で思った。写真の諏訪さんは、心底楽しそうな笑顔だったからだ。実際訪ねてみると、彼女の振りまく笑顔に誘われて、工場には笑い声が絶えない。

跡取り息子として育てられた!?
 諏訪さんは幼い頃から、父の会社の跡取りとして育てられてきた。跡取りとなるはずだった兄が白血病を患って6歳でこの世を去り、その2年後の昭和46(1971)年に、貴子さんが生まれた。ずっと「兄の生まれ変わり」と言われ続けてきた。兄と顔が似ていて、誕生日も一週間違いだった。中学生の頃、兄の分骨していた骨を納骨しに行ったとき、父が骨壷にすがって号泣したことがあった。「父の涙を見たのは最初で最後だったけど、その姿を見たときから兄の代わりとして生きていかなくてはならない」と思うようになった。
 幼い頃から取引先に連れていかれた。駐車場が遊び場だった。父の用事がすむまで、取引先の駐車場で遊んで待っていた。大学も「工学部に行きなさい」という父の言葉に従った。
 大手自動車部品メーカーのエンジニアを経て、結婚。妻として、一人息子の母として、家庭を支えていたところ、父に請われて「ダイヤ精機」に2度入ったが、2度ともやめさせられた。「会社がよくなる方法を見つけてくれと父に言われたので、リストラ案を出したら二度ともクビになりました」と笑って話す。「父には社員に対する情があって、リストラするなら身内からと思ったんでしょうね。リストラの必要性はわかっていたはずですが、ほかの方法を私に探してほしかったのかもしれません」。
 父が亡くなる二か月前に、また手伝ってほしいと言われたが、断った。夫のアメリカ転勤も決まっていたので、帰国してから考えるつもりだった。だが、父が急逝して事態は大きく変わった。
 最後、父は、リンパが腫れて声が出なくなっていた。普通は感傷的な場面となるはずなのに、父にかけた言葉は必要に迫られて「実印はどこにあるの?」。父との最期の会話は、金庫の暗証番号を尋ねることだった。父が紙に書いた番号を見たとき、貴子さんは、思わず泣いた。万一のときに思いつけるよう、家族に関係のある番号だった。数字から、父の思いが伝わってきた。
 「父は、強いまなざしでじっと私の顔を見つめながら息を引き取ったんですが、その目に圧倒されて思わず、『会社は大丈夫だから』と言っていました。言葉はなくても、そのとき『頼むぞ』と言われた気がしたんです」。いまわの際に、言葉にはならない目と目の会話をした。

 亡くなった父の顔は笑顔だった。「短くても悔いのない人生を送ったんだなと思え、私も自分の人生を閉じるときは『ああ、おもしろかった』と言える生き方をしようと思うようになりました」。

楽しい嬉しい面白いがバロメーター
 だが、会社を継ぐと決めるまでは相当悩んだそうだ。「会社の状況がかなり厳しいとわかっていたので、社員やその家族とか、すべてを背負う勇気がなくて葛藤しました。でも会社を閉めるにしても続けるにしても、どこかに着地させるのが私の使命だと思ったんです」
 「私がすごく悩んだときに、父が夢枕に立って『ものづくりに終わりはないんだよ』と言ったんです。それがものづくりの基本でもあるんですね。うちの社員もすごいものを作っているのに『まだまだです』と言う。終わりがないものづくりだからこそ、おもしろさがあると思いました」。
 若手社員の人材育成にも力を入れている。入社して一か月は、社長との交換日記を課している。彼らの性格をつかむのにも役立つし、彼らもあとで振り返ると日々の積み重ねによる成長を感じ、初めはこういうことがわからなかったんだと気づくことで、後輩の指導にも役立つはずだ。
 「現場の声を聞いて応えると、喜んでもらえるのがうれしい。みんなに、あなたの代わりはいない、オンリーワンだと言っています」。
 「私自身も、自分より年上のベテランには娘のように、若手には母のような気持ちで接しています。それに、もともと世話好きですから、社員旅行やカラオケ大会で、コミュニケーションを密にとっていると、物事がスムーズに運ぶことって多いんです」。
 貴子さんは、社長に就任して半年後くらいに趣味でバレエを始めた。これも父が引き合わせてくれたようなものだ。ストレスがたまって、父とよく行った喫茶店に出かけてみたら、そこがバレエ教室に変わっていた。直感でやってみようと思った。
 バレエと出会って、社長という肩書き抜きの世界を見つけ、作業着姿とトウシューズ姿の切り替えも楽しく、とてもいい感じなんだそうだ。社長の時は「出来ない。わからない」とは言えないが、バレエでは先生から指導されることが新鮮だ。指導されたり叱られたりしていると、成長させたい、伸ばしたいという思いが伝わってくる。

 来年は会社創業五〇周年。その抱負を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「毎年そうですが、今年より来年はもっと楽しくしたいと思っています。常に、今よりもっと楽しくしたいと考えています。私はなにごとも、自分が楽しめるか楽しめないかで判断しているんです。『楽しい』イコール『自分の成長』ととらえています」

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)
「言えなかったありがとう」
好評発売中

■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月2回 第2、4金曜日 午後1時〜3時
 会 費:1回 2,250円(3ヶ月分前納制)
 問合せ:0569−35−0470

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