海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

高校3年生のアクシデント
 明治から続く動物ものまね・江戸家の跡取り、二代目江戸家小猫さん。
 祖父が三代目の江戸家猫八さん、父が四代目の江戸家猫八さん。
 小猫さんは、1977年生まれ。江戸家に生まれて、見よう見真似でものまねを覚えて、7歳のころには親子3代で舞台に立って、自然な流れで後を継ぐと思われていた。
 だが、1995年、高校3年生の時にアクシデントに見舞われる。小学校の時にはサッカーを、高校の時はラグビーと、きわめて健康体のスポーツ少年だったが、突如、ネフローゼに罹る。毎朝、瞼が腫れることに気づき、病院で診てもらったらネフローゼと診断された。塩分制限をしながら、投薬治療を2か月間ほど続けた。

 2か月で退院の見込みだったが、なかなか治療効果が上がらなかった。良くなって薬の量を減らすとすぐリバウンドしてしまった。何度も再発して、のべ1年、入退院を繰り返した。強い薬を使うと効き目があったが、その分、副作用もあった。一番ひどいのは骨粗鬆症。骨がスカスカになり、同時に筋力も低下した。転んだわけではないのに、重力の影響で背骨の圧迫骨折で、身長が6〜7p 縮んだ。目の白内障で手術もした。ムーンフェイスといって顔が丸く腫れるとか、ステロイドの副作用はいろいろあった。
 高校の卒業式も出ることがかなわず、20代はほとんど自宅から出られなかった。近所で買いものくらいはしていたが、基本的に社会復帰するような体力はなかった。ずっと自宅療養だった。
 スポーツ少年だった小猫さんが、20代は家でじっとしていなければならない。よく我慢出来たと思う。よく自暴自棄にならなかったと思う。そのことを問うと、彼は冷静にこう答えた。「一気にどん底まで行ったわけではなくて、最初は2か月で退院できるといわれたところから、だんだんに坂を転がり落ちるように来たので、自分のメンタルコントロールをしやすかったんです。アウトドアなことも好きなんですが、絵を描くのが大好きなので、入院中は毎日のように絵を描きためてました」
 これだけ自分の精神状態をコントロールできてしまうというのは、すごい精神力の強さだ。とても真似が出来ない。振り返ってみてがんばりすぎたということはないかと聞くと、「病気と向き合っていた時は、ちょっとした数値の変化にも過敏になり、ちょっとがんばりすぎていたかなと思います。伝統芸や武芸の中に『守破離(しゅはり)』という言葉があるんです。『守る、破る、離れる』、これは実は病気にも当てはまる。つまり最初は自分の病気ときちんと向き合って、お医者さんの話を聞いて自分でも調べて、病気に対してきちっと守っていく時期がある。ある程度病気と向き合えるようになっていってから僕が何をしたかというと、今度は少しずつ、治療法の中や自分の生活リズムの中で破っていくことなんですね。それで、うまく破れて自分なりの道ができてくると、最終的には病気からどう離れていこうかと、そういう段階に入ってきたと思うんです」まったく見事なばかりの分析だ。
 そういう風に病気から次第に離れていくことで、病状もよくなっていった。「だんだん自分がほかのことで忙しくなってくると、病気のことを忘れる時間が増えていったという感じですね」。病は気からというが、気にしなくなった時点で、病気の方もそろそろ嫌になって離れていったのかもしれない。

 小猫さんは、35歳という年齢にしては、すごく腹が据わって度胸があるように思える。ご本人は「たぶん今の性格の根本になっている部分というのは、間違いなく闘病時代にできてきたものだと思います。一方で病気をしてると、内向的というか、気持ちが内側に向いていくので、ある程度病気が離れていった時に、内側に向いていたベクトルを外に向けていくのが大変でした」と振り返る。

ターニングポイントの2009年
 2009年というのは小猫さんにとってターニングポイントになった。
 病気が癒えてきた小猫さんは、大学院に行った。高卒の資格でも大学院には行けるらしい。2009年、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科に入学して、修士課程を修了した。その動機は、「まだ体力がなくて、一気に社会に出ていく自信がなかった。大学院の勉強であれば自分のペースでやれる。その大学院の生徒の8割くらいが社会人でしたから、僕が病気をしていたころにいろいろ考えていた価値観を、社会に出ている人との間でディスカッションして揉まれた時に、どんな化学反応が出てくるのか、価値観を壊せるのかなという興味がありまして」

 三代目猫八を継ぐということについては、祖父や父も諦めかけていた。本人も諦めかけていた。だが、2009年、父が猫八を襲名して、小猫の名跡が空いた。「小猫のスペースが空いて、不思議なもので、ここに行くのは自分しかいないというような気持ちが強くなりましたね」。
 ひそかに特訓をして、お家芸の鶯を、突然お父さんの前でやってみせた。時は、2009年6月、所は群馬県の法師温泉。その時、父は何も言わなかった。
 嬉しかったのは、その夜のこと。「二人で温泉に入りながら、同じ方向を向いて浸かっていたんです。父が四代目を襲名して、全国で舞台をやることが決まっていたんですが、そこへ一緒に出てみようか」と言われた。父からバトンが渡された。
 こうして2011年3月に、二代目小猫を襲名した。
 祖父は、88歳になったら江戸家八十八を名乗ると言っていたが、叶わなかった。今度は、父が米寿の年に八十八を名乗りたいと言っている。その年に小猫さんは還暦になる。祖父と父、小猫さんの年回りがちょうど同じなのだ。祖父が叶わなかった夢を、父と実現したいと思っている。父の八十八襲名時に、五代目江戸家猫八を襲名したいと思っている。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)
「言えなかったありがとう」
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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

* 俳画教室開講中
 ところ:常滑屋
 と き:月2回 第2、4金曜日 午後1時〜3時
 会 費:1回 2,250円(3ヶ月分前納制)
 問合せ:0569−35−0470

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