海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

芸術家兄妹を育てた母
 3人の素晴らしい芸術家を育てあげたスーパーマザー千住文子さんが、先日、亡くなった。享年87。80を過ぎてからの心臓の大手術を乗り越え、この2年は、がんと向き合ってきた。多忙な子どもたちも、ことあるごとに母を支えてきた。長男、博さん(55)は日本画家、次男の明さん(52)は作曲家、長女の真理子さん(51)はヴァイオリニスト。

 千住家には、もう一人芸術家がいると言われてきた。母の文子さんだ。安易ななぐさめの言葉は言わない。辛らつな批評家だ。「私なら、もっと人の心をつかんで離さない演奏をするし、もっと人を圧倒するような絵を描くし、もっと人を感動させる曲を作るわ」その言葉で3兄妹は奮い立ってきた。特に娘の真理子さんとは一心同体のようだった。母は演奏家としての娘を支え、娘は、病気になった母の命を守るため奔走した。120歳の母の前で、90歳の自分が演奏するのが夢だったという真理子さんは、つっかえ棒がなくなり、困っている。

挫折は宝物
 千住真理子さんは、早くから天才少女と言われてきた。12歳でNHK交響楽団と共演し、プロデビュー。15歳の時、日本音楽コンクールに最年少で優勝。1979 年、パガニーニ国際コンクールに入賞。国の内外で演奏活動を開始した。
 人もうらやむ輝く経歴、きらめく才能…。だが、順風満帆のように見えるが、実はそうではなかった。20歳の頃に大きな挫折を味わっているのだ。
 何でも弾けた。だが、何をやってもむなしい。もう限界と感じた。天才少女でなければいけないというプレッシャー、完璧を目指さねばならない抑圧があった。
 2歳から、送り迎えや練習でいつも一緒にいた母も傷ついた。母は、泣きながら辛い思いをさせたと謝ってくれた。兄たちも「真理子が可哀そうだから…」と賛成してくれた。父だけが「ダイヤモンドは磨いて傷つけないと光らない」と応じてくれなかったが、もうヴァイオリンを演奏しないと決めた。

 ヴァイオリンから離れて2年くらいたったあるとき、ホスピスにいた真理子さんのファンという患者さんから「もう動けないので、是非ホスピスで、弾いてほしい」と声をかけられた。弾かないと決めていたが、そういう状況ならばと、弾きに行った。

 恥ずかしいくらい、思うように弾けなかった。でも、患者さんは涙を流して喜んでくれた。嬉しいけど、こんなのでいいのかと思った。ちゃんと練習していないから、うまく弾けないのが、申し訳なくて、罪悪感でいっぱいになった。その時の思いが、今に繋がっている。
 少しずつ、自宅でカンを取り戻すべく練習を始めたが、思うように演奏が出来ない。人前でも弾いてみたが、それまで上がったことがなかったのに、震えが止まらなかった。弾けば弾くほど、弾けなくなった。楽屋で、毎回泣いていた。
 演奏感覚が戻るには、7年くらいかかった。ある時、天から降ってきたように、いきなり出来るようになった。29歳で、すべての感覚が一瞬で戻った。今でもその一瞬を覚えている。自分でも不思議だった。それまでの辛さが一遍に吹き飛んだ。
 「今までは、体で覚えて、練習して、技術を得て演奏するものだった。演奏は単に、音符を見て演奏するだけではない。身体の中から演奏するものだ。精神力がついてこそ、魅力的な演奏ができると思った。人の心を震わせるような演奏がしたい」と心底、思った。
 「例えば、聞いている人の心にあるバッハを受け止めて音にすればいいと気づいた。様々な経験をしてきた人の様々なバッハがあるはず。ほんとうは、聞く人が弾いているのかもしれない。私は、ただ音にしているだけ」そう気づいて演奏が変わった。
 いまは、当時を振り返り、挫折は宝物だと思える。「挫折して、バネが縮んでよかった。縮んだら、次には伸びる時が来る」と思えた。
 20代は、暗黒時代だった。30代は、気持ちを切り替え新たな出発の時期だった。
 40代、ストラディバリウス・デュランティという素晴らしい楽器との出会いがあった。ローマ法王からデュランティ家に渡り、スイスの富豪が所持していたものが真理子さんのもとにやってきた。300年ほど誰にも弾かれず、眠っていた代物だ。「清水の舞台から飛び降りる覚悟で、一生借金生活をしても欲しかった。いまや私の分身。離れられない存在。自分が生まれ変わったように思う。私が生きることも、この楽器がリードしてくれている」。

母の想いを受け継ぐ
 文子さんの生前、インタビューしたご縁で、通夜と告別式の司会を依頼されたのだが、日程調整が出来ず、断腸の思いでお断りした。「母の顔を見にだけでもきてください」と真理子さんに言われ、通夜に参列させていただいた。
 喪主の長男・博さんの挨拶が素敵だった。
「母が亡くなった夜、3人で乾杯した。長い闘病から解放され、母が楽になっておめでとうだねと。思い返せば、心の中にいつも母がいる気がした。ここにご参列の方々も、母を時々思い出してくださったら、母はいつも皆さんとともにいる」忙しい3人が、母が旅立つときは、一緒に病室で見送れたそうだ。
 亡くなったのは、6月27日。すぐさま「andante 〜母・千住文子に捧ぐ」という曲を明さんが作曲。30日には、真理子さんがヴァイオリンを弾き、明さんがピアノを弾き録音。博さんが描いた絵をジャケット写真に使い、CDを完成させ、参列者に会葬御礼として配った。3兄妹の結束は固い。文子母さんの想いは、3人にきちんと引き継がれていく。真理子さんも、これまで以上に、母・文子さんを傍らに意識しながら、演奏していくにちがいない。

■村上信夫プロフィール
NHKチーフアナウンサー
1953年、京都生まれ。
明治学院大学卒業後、
1977年、NHKに入局。
富山、山口、名古屋、東京、大阪に勤務。
現在は、「今日も元気で!わくわくラジオ」(ラジオ第一8:35〜)、
「BS将棋中継」などを担当。
これまで、「おはよう日本」「ニュース7」「育児カレンダー」などを担当。
教育や育児に関する問題に関心を持ち続け、横浜市で父親たちの社会活動グループ
「おやじの腕まくり」を結成。
趣味は、将棋。
著書に「元気のでてくることばたち!」(近代文芸社)
「おやじの腕まくり」(JULA出版局)
「いのちの対話(共著)」(集英社)
「いのちとユーモア(共著)」(集英社)

「元気のでてくる"ことばたち"」
(近代文芸社)
1,500円(税別)
おなじの腕まくり「おやじの腕まくり」
(JULA出版局)
1,400円(税別)
「言えなかったありがとう」
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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

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 ところ:常滑屋
 と き:月2回 第2、4金曜日 午後1時〜3時
 会 費:1回 2,250円(3ヶ月分前納制)
 問合せ:0569−35−0470

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