海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 愛華みれさん。名前の如く、華がある。愛がある。
 タカラジェンヌだったから当然といえばそれまでだが、華々しいというよりは、人生の修羅場を潜り抜けたあとの爽快感から来る華やぎとでもいえようか。醸し出す空気が快適で、会話の端々に愛を感じる。すっかり、ときめいた。
 1964年の鹿児島県生まれ。1985年に、宝塚歌劇団に入団。華やかな顔立ちと正統派の男役として人気を博し、1999年、花組のトップスターになった。2001年の退団後も女優として活躍してきたが、2008年に悪性リンパ腫を発症した。しかし、持ち前の明るさと強い精神力で病気を克服し、奇跡の復活をとげた。


ことばの力が人生切り開いた
 愛華さんは、自分の口にした言葉がその通りになったことや、言葉一つで体の状態に影響が与えられたことを体感している。言葉は、きちんとした意識をもって発しなければと考えている。
 小学生の頃から「夢を描け。夢の翼を休めるな」という言葉が好きだった。祖母の家のカレンダーに書いてあった言葉が心に強く刻まれ、宝塚を受験したときもその言葉が支えになった。
 剣道一筋の少女だったが、高三のとき、母がふと「あなたは男の子っぽいから、宝塚に行けばいいのに」と言ったことがきっかけで宝塚受験を思い立つ。母の何気ない一言に、心を揺さぶられた。
 だが、高校の進路指導の先生からは「宝塚は美人かバレエやピアノをやっている人が入れるところだから通るわけがない」と頭ごなしに言われた。その言葉に発奮した愛華さんは、「先生は、私がまだ何もやらないうちに夢を摘み取る気ですか」と啖呵を切って受験した。
 ところが、受験したものの、試験で渡された譜面も読めず、試験官が駄目だと思って自分の書類に斜線を引いていたのがわかった。もう駄目だと諦めていたら、よもやの合格。未知の可能性に賭けてみたいと思わせる魅力があったのだろう。のちに、面接官の中のすごく偉い先生が三重マルをつけてくれたと聞いた。
 考えてみれば、あの厳しい世界で、よく生き抜いてこられたものだ。「何も知らずに入った世界なので見るものすべてが新鮮に感じられ、そのまま受け入れられたからなのかもしれない」と振り返る。「お嬢さん育ちの人はお掃除の際、雑巾の絞り方もわからず、私がやってあげたほど(笑)」。下働きの仕事がすべて自分に回ってきても、元気にこなした。どんな時も笑いを忘れなかった。

 先生たちから「お前のような何も知らない田舎者ほど怖いものはない」と言われていた。
 新人公演で主役を務めたときも、「お前、もうあきらめろ!」と言う先生の言葉を、「自由にやっていいんだ」と解釈して、本番は稽古通りにやらず、自分流の演技でやって驚かれた。
 そういう性格を形作ったのは、薩摩の風土が大きい。鹿児島では家でも学校でも男の人が上で、年功序列がはっきりしていて、目上の人を敬う。だから長幼の序列が厳しい宝塚でも、違和感なくやっていけたのだろう。

ことばの力が何よりの治療薬
 病気になってからも、言葉の力で救われた。
 鹿児島弁でいう「てげてげ」。どこかがんばっていないイメージがあって以前は好きになれない言葉だったが、がんになって鹿児島に帰ったとき、がんばり過ぎる自分に祖母が「てげてげにしあんせよ」と言っていたのを思い出した。故郷を出てから必死に走ってきたが、もっとゆるめるべきだったと反省した。アクセルを踏みっぱなしだった自分に少しブレーキをかけて、「よい加減」にしていこうと思った。
 「私の根っこは鹿児島にあって、そこから枝葉を伸ばして都会で花を咲かせるつもりが、栄養が行き届かず枯れかかっていたと気づいたんです。根っこに意識を向けて等身大の自分に戻そうと思ったそのときから、大きく息を吸えるようになりました」。
 闘病中も、苦しいときほど笑っているので、人からは辛そうに見えない。病院内でも「明るいがん患者」と評判だった。抗がん剤治療のときも、腕をアイスピックで何度も突き刺されるような血管痛があっても、ナースコールを押さずに耐えた。だが、あまりの痛さで夜中にうずくまっていたら、看護師さんが病室に飛んできて、「ごめんなさいね。痛いのに気づいてあげられなくて」と言われた。とたんに、体が溶けるように柔らかくなって涙がボロボロ出てきた。やさしい言葉をかけられたり、誰かに自分の思いが伝わったりすることが、こんなにも体に作用するんだと実感した。
 「とくに私は言葉に影響されやすいようです。私はなぜこの病気になったのかと考えたとき、あれこれ悪かったところを、いろいろ反省して、『ごめんなさい、ごめんなさい』とひたすらノートに書きました。そしてすべてに対して『ごめんなさい』を書き切ったら、次は『ありがとう』と書きたくなったんです。それで一つひとつに感謝して『ありがとう』と書いていたら、体の状態や数値がみるみるうちに良くなっていったんです」。

 伴侶の言葉の力も大きい。マッサージ師をしている10歳年下の夫とは、宝塚の退団公演前に体のケアをしてもらったのがきっかけで出会った。プロポーズされた直後に、がんが発覚したが、献身的に支えてくれた。
 「どんなに素の自分をさらけ出しても、受け入れてくれる人ってすごいなと思いました。抗がん剤で毛が抜けて、女性とは思えない物体がのたうちまわっているのに、まったく動じない(笑)。イライラして罵詈雑言を吐いても、『抗がん剤が効いているんだね』と、薬のせいにしてくれて救われました。本音をすべて出せたことが、病気の治癒につながったような気がします」。
 本音を吐き出したことで自分の気持ちを認識し、心のデトックスが出来たのだ。言葉で、心のケアもしてもらったのだ。
 愛華さんは、宝塚時代から闘病生活に至るまで、「ことばの力」によって支えられてきた。

■村上信夫プロフィール
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や『鎌田實いのちの対話』など、NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を回り「嬉しい言葉の種まき」をしながら、文化放送『日曜はがんばらない』(毎週日曜10:00〜)、月刊『清流』連載対談〜ときめきトークなどで、新たな境地を開いている。大阪で『ことば磨き塾』主宰。
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
これまで、『おはよう日本』『ニュース7 』『育児カレンダー』などを担当。著書に『嬉しいことばの種まき』『ことばのビタミン』(近代文藝社)『ラジオが好き!』(海竜社)など。趣味、将棋(二段)。

http://murakaminobuo.com


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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

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