海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 スコットランド民謡『広い河の岸辺』がブレイクしている。NHK朝ドラ『花子とアン』や『マッサン』で登場人物が原曲を口ずさんでいたことも拍車をかけ、人気はうなぎのぼりだ。クミコさんが歌うことで、切々とした想いが伝わってくる。

ツメの甘いムラカミ
 思えば、僕とクミコさんも長い付き合いになる。15年くらい前、大阪のNHKで挨拶したのが最初だった。「まったくの通りすがりだったのに、にこにことして挨拶してくださるアナウンサーの方も珍しかったので、せいせいと≠オた感じの人だなと思いました。湯上りに、よくせいせいとした≠ニいうでしょう。そういうニュアンスですね」。
 僕は、人にインタビューするとき、相手が心地よくなる湯加減の言葉を選んで話を進めていくようにしている。だから湯上りの人だなんていわれると嬉しくなる。喜んでいると、クミコさんから二の句が飛んできた。
 「けどさぁ、村上さんはツメが甘いな≠ニ思うの。でも私は、基本的にツメの甘い人のほうが好きよ」と。
 クミコさんのブログに「村上さんはハンサムだが、自分がハンサムでカッコいいことを、もしかして知らない。知ってはいても気にしていない。どうでもいいと思っているふしがある」と書いてくれた。「ちょっとほめ過ぎだったかしらね(笑)。でも自分ではどうでもいいと思っている辺りに、ツメの甘さを感じるわけですよ」。
 確かに僕は不器用なので、サラリーマンとしてはツメが甘かったかもしれない。クミコさんはツメそのものを考えず、流れのままにいくタイプだ。

成り行きのクミコ
 1954年、茨城県の生まれ。早稲田大学時代は演劇に取り組んでいた。1982年、シャンソンの老舗「銀巴里」でプロデビュー。下積みが長く続いたが、作詞家、松本隆さんと出会い、クミコと改名したとたん『わが麗しき恋物語』がヒットして名が知られるようになった。
 歌手になったのは、偶然の成り行きだ。大学卒業間際に、たまたま向こうから歩いてきた女の子に「バンドをやらない?」と誘われて、その足で渋谷のスタジオに行ったのが始まりだ。
 カンツォーネ教室で、ジリオラ・チンクエッティの『夢見る想い』を聴いたとき、歌を一生の仕事にしたいと思った。「あの歌を聴いたときはもうびっくり。私の声は低いから、声楽をやっていた人のように高いキーが出なくて、歌のレッスンでもうまく歌えなかった。でもこの歌は私にぴったりのキーだったから、歌ったらすごく気持ちがよくて涙が止まらなくなっちゃった。それで、これは歌手になるしかないと思ったんです」。
 自分に転機をもたらす人との出会いも偶然ばかりだ。すべて自分の思いもしなかったことで変化が訪れるから、あれこれ考えても仕方がないと思うようになった。自分から道を切り開いていったわけではなく、起きた出来事によって導かれながら、だんだん道が決まっていった。
 2010年、初めて出場した紅白歌合戦で歌った『INORI 〜祈り』とも偶然の出会いだった。広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルでもある佐々木禎子さんは、2才で被爆し12才で亡くなった。いつか元気になって、皆の待つ家へ帰れることを願い、「折り鶴」を折り続けた。苦い薬の包み紙を広げ、一羽一羽折り続けた。禎子さんの甥にあたる佐々木祐滋さんが作詞作曲し、クミコさんに歌ってほしいと依頼があった。被爆者の思いを一緒に背負いながら歌ってきた。
 「さあ、2011年は恋の歌でも!」と思った矢先に、今度は震災に遭った。あの日、石巻市民会館でコンサートの準備をしているさなか、震災が起きた。以来、石巻は第二の故郷のような存在になり、足しげく通っている。震災に遭遇して、歌手としての考え方に少なからず影響があった。
 「わかりやすい言葉やメロディーで心に伝わるような歌を求めるようになりました。天災に対して人は無力だということもわかったし、大声で『がんばれがんばれ』ということも無意味だと知りました。そのせいか、大げさにやることがすべて嫌いになって、絶叫型の押しつけがましい歌に違和感を覚えるようになって。あまり仰々しくなく、記憶に残る歌をさりげなく届けたいと思うようになりましたね」。
 クミコさんには、毎朝欠かさない習慣がある。
 「私は毎朝、必ず東のほうを向いて太陽に祈るんです。自分はこうなりたいと願うんじゃなくて、何も考えずに手を合わせます。そうすることで心も落ち着くのね。そして、私が必要とされているならば、今日も行かせてくださいと、目に見えない大きな力の存在に祈っています」。

ようやく岸辺が見つかった
 大ヒット曲となった『広い河の岸辺』も、計らずして向こうからやって来た。昔からあるスコットランド民謡にケーナ奏者の八木倫明さんが日本語の訳詞をつけて、ぜひクミコさんに歌ってほしいと依頼してきたのだ。
 「ちょうど私もああいう歌を求めていたんです。被災地のみなさんと一緒に歌える歌がないかと探していたときに、八木さんからお手紙とCDが送られてきて、これだと思いました」。
 「350年も歌い継がれてきた歌ですから、とてつもない力をもった歌という感じがします。この歌が、時期を合わせたように日本へやって来たのも、長く生き残っていくためで、訳した八木さんや歌い手の私はこの歌のもつ力に動かされたのかもしれません。私自身、この歌の使い走りをさせられている≠謔、な感覚があるんです。つまり、いまこの時期にこの歌を歌うことが、私に与えられたミッションなのかな」。
 1つ違いのクミコさんは、同時代の空気を吸ってきた親近感がある。壁も気取りもない。取りつく島はいっぱいある。たくさんしんどい思いもしているのに、それはおくびにも出さず、気遣いの人だ。すべての経験が歌に生きている。クミコ湯の湯かげんは最高!湯上りいい気分!

■村上信夫プロフィール
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や『鎌田實いのちの対話』など、NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を回り「嬉しい言葉の種まき」をしながら、文化放送『日曜はがんばらない』(毎週日曜10:00〜)、月刊『清流』連載対談〜ときめきトークなどで、新たな境地を開いている。大阪で『ことば磨き塾』主宰。
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
これまで、『おはよう日本』『ニュース7 』『育児カレンダー』などを担当。著書に『嬉しいことばの種まき』『ことばのビタミン』(近代文藝社)『ラジオが好き!』(海竜社)など。趣味、将棋(二段)。

http://murakaminobuo.com


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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

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 ところ:常滑屋
 と き:月2回 第2、4金曜日 午後1時〜3時
 会 費:1回 2,250円(3ヶ月分前納制)
 問合せ:0569−35−0470

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