海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

スゴイ人なのに…
 とにかく真っ直ぐな人だった。よどみのない人と話していると嬉しくなる。
 この人が、いっぺんで好きになった。だが、競輪界のスーパースターだったことを寡聞にして知らなかった。
 滝澤正光さんは、パワーを生かした先行でレースを勝ちまくり「怪物」と呼ばれ、競輪選手として一時代を築き上げた人なのだ。優勝した特別競輪(GI)は12回、KEIRINグランプリは2回。史上最多となる13場所連続優勝、史上2人目のグランドスラマーなど記憶にも記録にも残る名選手なのだ。
 2008年6月30日に現役を引退。通算成績2457戦787勝、優勝150回。生涯獲得賞金17億5644万831円。そのスーパースターぶりがわかる。

 1960年、千葉県八千代市生まれ。デビュー前は自転車競技の経験がない素人≠セった。
 競輪の大ファンだった父の影響もあり、千葉県立八千代高校時代から競輪選手という職業を意識していた。スポーツ新聞に載っていた『自転車競技の経験がなくても競輪選手になれます』という広告を見たときに「これだ!」とひらめいた。
 身長1メートル80、体重93キロ。中学、高校とバレーボールをやっていたので体力には自信があった。試験に無事合格し、1978年、43期生として日本競輪学校に入学した。
 自転車競技の経験のなかった滝澤さんは入学後、それまでバレーボール向きに鍛えていた筋肉を自転車向きに造り変える必要に迫られ、「人より1時間でも1分でも長く」自転車に乗ることを心掛けた。この習慣はプロデビュー後も続き、自転車に長時間乗るという練習方法を徹底的に実践した。若手時代には1日の練習時間は最低8時間、走破距離は200qに及んだ。
 滝澤さんは、1980年、初出場のオールスター競輪で準決勝に進み、一流選手の仲間入りを果たした。しかし、滝澤さんの前には、大きな壁が立ちはだかっていた。
 当時の競輪界は中野浩一選手の全盛期だったのだ。レースで、滝澤さんが先行しても中野選手には、まったく通用せず敗れ続けた。
 しかし1984年の日本選手権競輪でデビュー5年目にして、ついに中野選手を破り、初タイトルを手に入れた。優勝インタビューでは感極まって落涙し、言葉にならず叫ぶように「競輪選手になってよかった」と言うのがやっとだった。
 その後も、滝澤さんは、ますますその脚力に磨きをかけ、タイトルを量産していった。特に1987年、その年の獲得賞金額1億1400万円は、当時プロ野球最高年俸の落合博満を抜いて全プロスポーツ界最高の金額であった。

 2008年7月1日からS級からA級への降格が決まり、滝澤さんは「A級に下がってまで走り続けるつもりはない」と、降級を待たずして現役を引退することを決意した。
 引退2年後、2010年4月1日から、日本競輪学校の第二十三代校長に就任した。競輪選手出身者が校長に就任するのは史上初めてのことだ。

夢を適える手伝い
 そんなスゴイ人なのに、ご一緒した懇親会では、カリスマ性を一切見せず、座の盛り上げ役に徹していた。飲みっぷり、食べっぷり、話しっぷり、すべて小気味いい。
 ただ、校長として生徒指導の話になると、真顔になった。人里から離れ、緑豊かな修善寺の山中にある日本競輪学校は、さながら精神と肉体を鍛える道場のようだ。ここにいる1年間は、相当の自己管理を要求される。
 起床は、午前6時30分。点呼から一日が始まる。午前中は学科中心の3限。午後は訓練中心の5限。45分刻みに8時限ある。そして、点呼を取り、午後10時消灯。パソコンやデジカメ、ゲーム機器は使用禁止。携帯電話の使用も禁止。男女間の私語も禁止。外出出来る日曜も、行き場所が限られている。「いまどきの若者たち」が、この環境で過ごしている。
 この厳しい鍛錬で心身が磨かれ、プロアスリートが誕生していくのだ。昭和43年の開校以来、7000人が卒業し、競輪場で活躍してきた。
 滝澤さんは、選手経験を生かして、生徒たちの夢を適える手伝いをしている。
 「学校は、出来ないことを見つける場所だ。だから、あえて不条理なこともやる。その中で自分の可能性を見つけてもらいたい」。
 自転車未経験でこの世界に入り、自分に負荷をかけて、人の何倍も練習をして、不動の地位を極めた人だけに、指導にも自信と確信がある。柔と剛を合わせ持つこういう人に教われる生徒は幸せだ。
 「努力は裏切らない」が口癖だ。コツコツ努力を重ねていけば、必ず出来なかったことが出来るようになるという。その瞬間を、滝澤さんは『沸点』と呼ぶ。液体が気体に変わる「沸点」は、強火にしなくても弱火でも必ず起きる。火を消しさえしなければ。
 生徒の「沸点」を見極め、大化けする選手を見るのが、校長としての醍醐味だ。

■村上信夫プロフィール
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や『鎌田實いのちの対話』など、NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を回り「嬉しい言葉の種まき」をしながら、文化放送『日曜はがんばらない』(毎週日曜10:00〜)、月刊『清流』連載対談〜ときめきトークなどで、新たな境地を開いている。大阪で『ことば磨き塾』主宰。
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
これまで、『おはよう日本』『ニュース7 』『育児カレンダー』などを担当。著書に『嬉しいことばの種まき』『ことばのビタミン』(近代文藝社)『ラジオが好き!』(海竜社)など。趣味、将棋(二段)。

http://murakaminobuo.com


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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

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