海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
元気のでてくることばたち 村上信夫NHKアナウンサー

 直木賞作家の村山由佳さんには、穢れのない純愛小説を書く「白ムラヤマ」と、どろどろとした人間の内面を描く「黒ムラヤマ」の二面がある。
 村山由佳さんが、かつて『おはよう日本』でレギュラー出演していた頃、スタジオでご一緒したこともある。彼女が鴨川に住んでいた頃、自宅に伺ったこともある。2003年『星々の舟』で直木賞受賞直後にインタビューしたこともある。いずれも「白ムラヤマ」時代の話だ。

母との葛藤があればこそ
 対談の一週間前、村山さんのお父さんが急逝された。享年91。
 村山さんが実家にサプライズのつもりで連絡しないで帰ったら、トイレで事切れている父を見つけた。検視した結果、脳幹出血で即座に心臓も止まったはずだといわれ、苦しまずに逝けただけでもよかったと思ったが、もっと頻繁に来ればよかったとか、せめて「これから帰るよ」と連絡していれば、私が来るのを楽しみに待ちながら逝けたのにとか後悔の念が押し寄せ「ごめんね、ごめんね」と泣いてばかりだったそうだ。
 村山さんの半自叙伝的な『放蕩記』を読むと、母とは確執があったが、父とは同志のような関係だったことがわかる。母にひどい暴言を吐かれても「性分やからしゃあないな」と慰め合っていた。奔放な性を描いて世間を驚かせた『ダブル・ファンタジー』を書いたときは、父は自分の浮気体験も告白してくれて、性別や親子を越えて話せる間柄だった。
 母は、お嬢さん体質で自分中心の人だった。自分の意にそまないことには、傍若無人に振舞った。常軌を逸する厳しさがあった。口答えしようものなら、百倍になって返ってきた。感情の振幅が激しい母の理不尽さに振り回されていた。だから、幼いころから、おのずと「いい子ちゃん」を装っていた。
 素の自分を出せない原因は、すべて母との葛藤にあった。母の顔色を窺いながら、本音と建前を使い分けていた。母に見せる顔と、一人妄想に浸る母の知らない顔。それが白ムラヤマと黒ムラヤマ。

 

 だが、作家になれたのも、母との葛藤のおかげとも言える。母を許せない自分、本性が出せない自分を、小説の中で弾けさせた。小説に書くことで、心に溜まった澱のデトックスも出来る。自分と向き合うのは辛い作業で、自分を追い詰めもするが、救ってもくれた。
 父が亡くなった日は連載の締め切り日で、棺に納められた父が帰宅してからも、ちょっとごめんと言って執筆していた。その集中している間は、少し悲しみを忘れられた。
 「つねに別なカメラで自分を観察している目線をもっているんです。倒れている父を見つけたときも、叫んでいる自分を別カメラで見ていました。この場面をどう書くかと考えている自分がいて、これも物書きの習い性でしょうね」。
 90歳の母は認知症を患っている。村山さんは、「勝手にリングを降りて!」と思っていたが、実は今回、父を失ったショックを母に救われたことがあった。
 教会での葬儀に施設の方が母を連れてきてくれたときのこと。いつもはずっと顔を伏せている母が讃美歌を聞くうちに「ええなあ」と顔を上げ、手も合わせたのだ。「きょうは集まってくれてありがとう」と参列者に御礼まで言った。
 父の棺のところに連れていくと「これ、誰? お父ちゃん? 寝てはるのん? 寝てはるんやったら、起こしたるわけにいかんわなぁ」と口にした。それがすごく深い言葉に思えて、村山さんは号泣したそうだ。
 「私にとって、母の言葉はずっと突き刺さるものばかりだったので、まさかこういう場面で母の言葉に救われるとは思いもよらず…」。
 「いまは『ありがとう』とよく言う可愛いおばあちゃんになった母を笑って見ていられます。『お父ちゃんはもういてへんの?』と施設の方にも聞いていたらしく、母が少しでもわかっていたとしたら、父がいない寂しさを一緒に分かち合えるのに。母の晩年もいつか書いてみたい」。

小説があったればこそ
 東日本大震災のあと、しばらく小説を書けなくなった時期があった。「こんなときに、小説なんか悠長に書いている場合じゃないだろう、作為の言葉に何の力があるのだろう」と思ったら何も書けなくなった。そのことを、震災前に仕上げていた本のあとがきに書いたら、仙台の書店のサイン会で20代くらいの男性に「小説や言葉に力がないなんていわないでください」といわれた。
 彼は津波に浸かった家から避難するとき、大事なものと一緒に無意識に村山さんのデビュー作『天使の卵』もカバンに入れていたそうだ。そして避難所で毎日つらく悲しい光景を目にする中、彼はその本を読んでいるときだけ、一瞬でも現実を忘れられたという。それがどんなに救いになったかと言われた。
 「水に浸かってブヨブヨになったその本にサインしてほしいと頼まれたとき、私自身が彼の言葉に救われて号泣してしまいました」。
 長い時間をかけて、「小説は、闇の中に光を求めるものでありたい。同じ苦しみを持つ誰かの救いになれば幸い」と思えるようになれた。

■村上信夫プロフィール
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や『鎌田實いのちの対話』など、NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を回り「嬉しい言葉の種まき」をしながら、文化放送『日曜はがんばらない』(毎週日曜10:00〜)、月刊『清流』連載対談〜ときめきトークなどで、新たな境地を開いている。大阪で『ことば磨き塾』主宰。
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
これまで、『おはよう日本』『ニュース7 』『育児カレンダー』などを担当。著書に『嬉しいことばの種まき』『ことばのビタミン』(近代文藝社)『ラジオが好き!』(海竜社)など。趣味、将棋(二段)。

http://murakaminobuo.com


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■イネ・セイミプロフィール
フルート奏者として活躍中。俳画家。
絵画を幼少より日展画家の(故)川村行雄氏に師事。俳画を華道彩生会家元(故)村松一平氏に師事。俳画の描法をもとに、少女、猫等を独自のやさしいタッチで描いている。個展多数。

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