海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 オーストラリアと言えば、エアーズ・ロックやグレート・バリア・リーフなど優れた景観が有名で多くの方々が既に訪れておられることと思う。私達夫婦は昨年12月末にオーストラリア連邦西オーストラリア州の州郡である静かな美しい都市パース(City of Parth)を訪れた。
 昨年は、9月11日にアメリカで起こったハイジャック突撃テロの影響で、海外旅行が冷え切っていた。第5話で書いた私達のモスクワ、サンクト・ペテルブルグ旅行の際も日本の空港はガラガラの状態であった。そんな中で、パースへの安価な団体旅行が売り出された。丁度、私達の下の娘がワーキング・ホリデーでパースに滞在していたし、上の娘の居たモスクワには11月に訪れたことでもあり、願っても無い好機とこのツアーにとびついた。
 オーストラリア大陸の西端の西オーストラリア州がインド洋と接している西海岸南部にあるパースは日本との時差は1時間で、日本のほぼ真南にあたる。赤道を挟んで日本と丁度逆の四季が巡って来る温暖な地域で、日本人には住み易い所とされている。年末の寒い日本から出掛けて、また寒い冬の日本に帰って来るので、防寒具に身をかためて、真夏用のシャツやズボンを持ち、予備のセーターも持って出発した。

 夏のクリスマス
 パースに着くと、もうクリスマスシーズンが始まっていて、観光バスの運転手さん達はサンタクロースの赤い帽子を被っていた。街の大通りにも思い思いのクリスマス・デコレーションが取り付けられていた。夜になるとクリスマスのイルミネーションが美しく華やかで(写真1)、夜には気温もかなりさがって涼しくなるので、真夏のクリスマスも結構良いものだ。日本でも、近年は雪の降らないクリスマスは各地にあって、同じようなことかとも思った。写真2はレストランの囲炉裏端のクリスマス・デコレーション。藁で作った2頭のトナカイが見える。
パース市の高台には広大なキングス・パークがあり、180度近い眺望でパースの市街やスワン川の美しい景色が満喫できた。
ウエスト・パース北方のモンガー湖には、この州の州鳥になっている珍しい黒鳥(Black Swan)が生息していて(写真3)、ヒナ達と仲良く泳いでいた。
 パースはワイルド・フラワーが豊富な土地で、もう1か月早ければ多種多様な花が咲いていたのだそうだ。それでも樹木の花はあちこちに美しく、目を楽しませてくれた(写真4)。
 パース市で東北から南西に流れているスワン川が西のインド洋に注ぐ河口には、古くから開けた港町のフリーマントルがある。落ちついた風情のある街で、植民地建設当時の古い町並みが保たれ、今も使われていた。米軍の空襲で焼き払われる以前の神戸市の古い元町通りとメリケン波止場をくっつけたような感じの、明るい落ちついた雰囲気を感じた。昔の植民地時代の暗い過去を別にすれば、現在は楽しく散策できるオールド・タウンであった。
 ツアーから帰って、夜に娘がスビアコ(Subiaco)と言う街へコーヒーを飲みに連れて行ってくれた。ゆっくりと夏の夜を楽しんでパースまで戻ってから、ペンタックスー・オート・ワン・テンと言う小型のカメラを店の椅子の背に掛けたまま忘れて来たことを思い出し、急いで引き返すと、店のカウンターで預かってくれていた。こうして夜のクリスマス・デコレーションを楽しむことができた。
 ピナクルスへのツアー
パース市から北へ250kmほどの所にナンバン国立公園があり、その一画に写真5のようなザ・ピナクルスがある。Pinnalesと言うのは「小さなとんがり岩の群」と言う意味で、これに定冠詞のtheが付く。トルコでカッパドキアの奇岩群の素晴らしい景観を体験したが、カッパドキアや米国ユタ州のキャニオンなどとは又違った、シンプルでおとなしい景観で、大自然が生み出した珍しい風景であった。風化が進んで地面が浸食されると、これらの尖塔は高く立派な姿になって行くことだろうと思った。未だ赤ちゃんのような小さいピナクルも沢山あった。カッパドキアは風化が進み、次の22世紀迄持ちこたえられるだろうかと思えるのに対し、このピナクルスは少年期であろうか。
 ピナクルスの先に広がる砂丘では跳びはね廻る4WDに乗って、キャーキャーとおそろしさを楽しんだり、丘の斜面でのサンド・サーフィンなど、体を使って大いにリラックスした。
 ツアー途中の動物公園ではカンガルーが奈良の鹿ほど居たり、コアラと写真を撮ったり、ワラビーや色々の動物を見掛けた。昼食に立ち寄ったドライブ・インでエミューの油を買った。馬油のように皮膚に良く浸み込んで効き目が高いのだそうだ。写真6は公衆便所。女性用、男性用が大きく表示されている。オージー(Aussie)、イングリッシュの一例らしい。

 ウエーブ・ロックへの旅
このオプショナル・ツアーには、予め娘と友人一人が参加することにしていて、一日をゆっくりと楽しんだ。
 途中立ち寄ったヨークの町はパース東方約97kmにある古い町で、メインストリートには市庁舎をはじめ1850年代の古い建物が今も用いられている静かで落ちついた所だった。自動車博物館(York Motor Museum)があって、1885年のベンツなど珍しい車が飾ってあったが、ツアーの途中で時間が無く入館できなかったのが残念であった。
 目的のウエーブ・ロック(Weve Rock)は高さ15mの大波がそのまま凍りついたような素晴らしい自然の造形であった(写真7)。往復一日がかりの単調なドライブであったが、はるばるオーストラリア迄やって来た甲斐があったと満足した。帰途この国で最小の、週に一日だけ開店する銀行をカメラに収めた。
 自由行動の時間には娘の滞在しているアパートを訪ねて寛いだり、オーストラリア最古の歴史を持つ造幣局(The Perth Mint)やショッピング・モールなどを案内してもらった。パース・ミントは、色々な実演もしていて楽しい所だった。「日本のプリンセス・アイコの生誕記念のコインを作ったよ」と誇らしげに話し掛けてくれた。色々の点で大阪の造幣局とよく似た感じだった。夜に食べたベトナム料理もおいしかった。
 パース近郊の交通機関はパース中心部からの同心円で、0から8の区域に分類されており、パース市内のゼロ区域では市営バス、電車が無料で利用できる。ウイーク・デの7時から18時は5分間隔のレッド・キャットと別方向に行く7・5分間隔のブルー・キャットと呼ばれるバスが、金曜日の夜18時〜1時と、土・日の10時〜17時はウイークエンド・キャットと言って10分間隔で無料バスが走っているので、夜以外には自動車を市街中心部に乗り入れる必要が無い。キャットと言うのはThe Central Area Transitの略であるが、車体には赤や青などの色と猫のマークが画かれている。これらのバスは写真8(フリーマントルのオレンジ・キャット)のように床が非常に低く、乗降が容易な上に、車椅子で乗り降りする際には車体を大きく横に傾けて、移動を助けるのだ。素晴らしいと感心した。写真に撮りたいと思ったが、プライバシーもからむので遠慮した。日本のバス関係の方も一度見学に出掛けてほしいと思う。

 終わりに当たって、娘が熱く奨めるパース東南東約720kmの景勝地エスペランスをご紹介しておく。とにかく、白い砂丘、透き通った青い海、青い空が素敵(写真9)とのこと。パースから遠いので、現地の人も余り行っていないのだそうだ。最後に、娘のアルバムで見つけたクレート・バリア・リーフのごみ箱(写真10)とアデレードの掲示板(写真11)のグッド・デザイン。犬は2mより短い紐で繋ぐことと書いてある。


<高木定夫プロフィール>
1932年、神戸生まれ。神戸大学理学部科学科卒。大阪大学大学院理学研究科博士課程中退。大阪市立大学理工学部科学科助手、近畿大学理工学部科学科講師、助教授を経て1979年より教授、2001年より名誉教授。理学博士。奈良県在住。趣味、あるくこと。