海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
 三月三日がひな祭りですが、愛媛県宇和島(南予地方)では、月遅れの四月三日がひな祭りなのです。この日を「お節句」と呼んでいました。この日は女の子だけの祭りではなかったようです。いま思うと、端午の節句とをいっしょに祝っていたのかも知れません。

 三月中旬から毎年行く山(見晴らしのよい禿山)に陣地(巣または基地)を作りに行くのです。陣地は、二手に分かれて作ります。馬酔木(あせび)のような低木が密集した所や松の枝に作ります。女の子たちを迎えるために両陣営ともに一生懸命になって作ります。学校から帰るなり行くのです。春休みになると佳境に入り、朝から毎日のように行っておりました。
 陣地作りだけではなく、幟(のぼり)を作ったり、木の刀を作ったりと、男の子たちは大忙しです。どの子たちの瞳は輝いていました。今のように塾や習い事のない頃だったから、できたのかもしれません。
 いよいよ節句の日です。
 母親たちは朝早くから起きて弁当づくりです。一段の重箱には巻ずしや狐ずし(稲荷ずし)、二段目には筍・まめ・人参・小芋・れんこんなどの煮物、手作りの羊羹や寒天、蒲鉾(揚げ巻、錦巻など)などを入れました。ひな豆など菓子類を入れて、二段・三段の重箱を風呂敷に包み、アルミの水筒にお茶を入れ、持っていくのです。
 荷物はこれだけでなく、腰には木の刀を差し、幟を持って出発です。小さな部落でしたが、男女あわせると二十四・五人となり、賑やかなものでした。
 前日まで作っていた陣地に着くと、二手に分かれて先ずは「ちゃんばらごっこ」です。鬼ごっこや陣とりなどをして日が落ちるまで遊んでいたものです。
 母親たちが丹精込めて作った弁当は、いつの間にか空っぽになっていました。
 大人たちがどうしていたかは、まったく知りません。大人たちは示し合わせてのんびりと花見酒をしていたのでは、と想像しています。

木の刀づくり
 握れるぐらいの真っすぐにのびている樫を見付けておき、二月頃に切る。少し枯れてきた頃、鉈(なた)で荒削りをし、小刀や割れた皿のかけらで削ってすべすべにする。