海外の旅この指とまれちょっとおじゃまします元気のでてくることばたち
ちょっとおじゃまします
 「どこかで見かけたことがあるな?」。規仙さんの作る陶彫を見ると、そう思う人は多いと思う。規仙さんは、名古屋覚王山日泰寺金堂改築竣工落慶法要厳修にあたり大香炉を奉納。法輪山円観寺第18世大僧正惠昭大和尚の像を制作。半田同胞園「新美南吉の童話ごんぎつねの陶壁」制作に参加と、今もなお年齢を感じさせない活躍をする陶彫作家だ。
 卒業後は貿易会社に就職した。平凡な毎日だったが、それは幸せな時間だった。その後、ノベルティの貿易は衰退し、この頃から、世間では陶彫が売れ始め、「将来の夢は陶彫作家」と思うようになった。自分で造った物が売れ始め、規仙さんにも変な自信が芽生えた。陶彫作家として、生計を立てる為にがむしゃらだった。作品づくりに集中し、気が向くと、ふらっと出掛ける。そこで、様々な人や物など、記憶にとどめておきたいことをスケッチしてきた。スケッチは規仙さんの財産だ。スケッチの1枚がエリザベス女王の後ろ姿だった。
 塑像を造る際に規仙さんは、被写体となる人の、ゆかりのある人たちを集め、その人について自由に話してもらう。被写体が父親の場合、兄弟によって全く違う印象を父親にもっているから、面白いという。その人の性格、好み、動作、生きてきた道を模索して造る。細かなタッチ1つでも表情には大きな差が出てしまい、規仙さんの経験や感性が蓄積されて、作品が造られる。作品には、眼力が強く、迫真があり、引き込まれる勢いがある。
 規仙さんはマレーシア国際陶芸交流団・団長として、マラ工業技術大学の学生に陶芸指導を。スコットランドでは陶芸家7名と作陶技術の交流など友好親善を図っている。東南アジアでは、五輪真弓の『恋人よ』は根強い人気だ。「学生に『恋人よ』を教えてと言われ、陶芸じゃなくて、歌を教えてきたよ」と、日本の歌謡曲を教えて、学生と食事に行き、新たな出会いがあり、繋がりがあった。マレーシアでの50日間は充実した毎日だった。
 規仙さんは自身のことをこう表現した。「運動もダメ。音楽もダメ。不器用な人間だ。土とのかかわりが天職だった」。ただただ、土を触ることが大好きな少年のように、今日も純粋に作品づくりを楽しんでいる。
(赤井伸衣)